騎士の義務
ズズンと激しい揺れが走り、王城の地下シェルターには、王城にいた多くの非戦闘員が逃げ込んでいた。
そしてそんな集団を護衛する役割を指揮しているのは、シャリオとマリーの両者だった。
王都を拠点にする騎士団は、力ある魔法使いの中でも若年層が主に編成されている。
王都の魔法学園を卒業後、力ある家系を頂点に部隊が作られ、外敵の情報を収集し、各地に派遣される形で効率的に経験を積む。
その後、多くの場合は自分の家の治める土地に戻り、力を発揮することになるが、王都が有事の際に最も優先されるのは王の護衛となる。
彼女達はこの原則に従って義務を遂行し、まず王の護衛に専念しているわけだ。
部隊長であるシャリオとマリーの元には配下の騎士達から次々に被害報告が上がってきていた。
「シャリオ様! 王城は完全に崩壊しております!」
「マリー様! 飛行物体は何者かの手によって破壊されたようです!」
敵が先んじて破壊されたという報告にシャリオはピクリとこめかみを震わせ、マリーは眉間にしわを寄せた。
「ご苦労でした……引き続き、被害状況を確認なさい」
「おい悠長なこと言っている場合じゃないぜ、シャリオ! 先を越された!」
マリーは声を荒げたが、シャリオは横目でジロリと睨む。
「お黙りなさい。王家の方々の安全を守るのが騎士団の義務でしょう」
「だがよ!? ああも手ごたえがありそうな相手はいないぞ! 王はこの地下にいれば安全だ! 私は行くぞ! また勇者に獲物を取られる!」
焦りを隠そうともしないマリーに、そばに控えていた騎士達は怯え始める。
それもそのはず、マリーと一般の騎士との間には歴然とした力の差が存在していた。
この場で彼女を諫められるのはシャリオただ一人。
そんな期待を込めた視線がちらちらと向けられていたが、肝心のシャリオの意見はマリーと同じだった。
「お待ちなさい。行くなら一緒に行きますわよ」
「お? お前も来るか?」
マリーは意外そうな声を出したが、周囲も同じである。
ギョッとした信じられないという絶望の視線を物ともせずに、シャリオはあくまで優雅にマリー以上に好戦的な恐ろしい笑みを浮かべた。
「当然ですわ。獲物を目の前にしておとなしくしているほど、わたくし穏やかではございませんの。家の恥ですわ」
「ハハッ! その通りだ! じゃあ今すぐに適当な奴を見繕って部隊を編成して……」
マリーもそれに乗り、すぐさま討伐隊を編成しようとしたが、シャリオからは制止の声がかかった。
「その必要はありません。わたくしと貴方とで行きますわよ」
「……おいおい隊長だろうお前?」
あきれ気味のマリーだったが、シャリオは首を横に振り極真面目だった。
「だからです。今回は火力を出し惜しむべきではない。連携など考えて魔法の威力を押さえれば自分の首を絞めます。わたくし達は本来の騎士の戦いをするのです。上の敵はそう言う相手ですよ」
「人数で攻めた方が融通が利くぞ。なぜそう思う?」
「かつて、似たような相手に後れを取ったからです。高度な機械は時に魔法を凌駕します。中途半端な魔法では命取りになりかねません」
シャリオは苦い表情を浮かべて、かつての蒸気王との戦いを思い出す。
文明としては別物だろう。しかし機械の文明が時に脅威だと彼女は知っている。
ダメージを与えるには、全力の魔法が必要になる。そんな予感がシャリオにはあった。
「ああ。機械か……この間のグレムリンも確かに手ごわかった」
「それに王の護衛は必要でしょう? 数の優位は護衛の方が必要です」
「そうだな」
普段はそう仲がいいわけではないのに、こういう時は話が早い二人だが、周囲の反応は気まずそうだった。
なぜなら、二人は王様の目の前で堂々とそんな話をしていたからだ。
だが王様は二人をとがめることもなく、深々とため息を吐いただけだった。
「……勝手に話を進めるでない」
「これは失礼いたしました」
「ではご許可を頂けますか?」
ズズイと遠慮も何もない若者二人の圧力に押されて王はひるむ。
「……うむ。許可する。その力をもって敵を打ち払え」
「「ハッ!」」
こういう非常時には、戦闘能力の低い王族はどうしても発言権が弱くなる。
勇ましく飛び出していった若い騎士二人を見送った王は、今回の騒ぎの経緯も含めた暗澹たる気分とほんの少しの憧れも込めて、さらに深いため息を吐いた。
地上に出た二人は変わり果てた王城と金属の残骸をさっそく発見する。
そして妙な気配を感じ取り、二人は残骸の山を睨みつけた。
「いるな。なんか……でも勇者じゃねぇ」
「元凶か、それともこの惨状を作り上げた何かか……どちらにせよ腕が鳴ります」
シャリオとマリーは臨戦態勢で、魔法の準備をしていた。
しかし砂ぼこりの中から出て来た、マフラーをたなびかせ、たたずむ鎧の騎士を見てマリーは鼻を鳴らす。
「アレは……見覚えあんな。だがやべぇ気配がビンビンすんな……」
マリーはちらりと横にいるシャリオに視線を向ける。
ところがシャリオはクワッと目を見開き、口元を隠して頬を赤らめていた。
「まさかあのお方は! ……黒も中々凛々しいわ!」
「……なんかお前、反応おかしくないか?」
マリーの冷ややかな視線はもちろんシャリオの目には入っていなかった。