戦勝ムード
地下秘密基地の作戦室で、リッキーとシルナーク、そしてニーニャの三人は、どこか自慢げに語り合っていた。
「いやー今回はたぶんダイキチのやつ大活躍なんじゃないかなぁ! 我ながら新装甲は最高傑作と言っていい出来だったからね! 早く使い心地を聞いてみたいなぁ」
リッキーは間違いなくご機嫌だった。
ダイキチと共に彼は様々な試行錯誤を続けていて、それは彼がいない間にも趣味と実益を兼ねて続いていた。
パワードスーツの強化には最初期から携わっているリッキーだが、今回は今までの苦労の集大成ともいうべき代物で、リッキーの作品の中でも頭一つ抜けた完成度を誇っていた。
「いやいや、それを言うなら私の研究成果も気になるところだ。鈍いだいきちもあのインナーのすごさなら頭を地にこすりつけるようにして感謝を述べるに違いない」
シルナークもまたそうだ。
王都というモノが集まりやすい環境と、潤沢な資金が合わさり彼の長年の趣味である服飾素材研究は今まで以上の進歩を遂げていた。
そんな借りを一気に返済しておつりがくるほどの成果だとシルナークは今回のインナーに自信を持っていた。
【てんちょは私の故郷で、すごくすごく強くなった。誰にも負けるはずがない】
そしてニーニャは自分の故郷への旅でダイキチの強くなりたいという希望がかなったことを純粋に喜んでいた。
しかもテラさんが大精霊の力を身につけるという、これ以上ないほどのパワーアップは必ずダイキチの心強い力になる、その点はまるで疑ってもいなかった。
そして軽い雰囲気に黒い塊がボコリとニーニャの体から出てきてキシシと笑う。
「おいシルナーク。俺様の細胞提供したんだから、ちゃんと報酬はずめよ?」
「……わかっているとも」
とにかく三人はダイキチの勝利を疑っていなかった。
和気あいあいとそれぞれが自分たちの功績を誇りながら和やかに談笑していると、店と地下秘密基地を繋ぐ転移装置が起動して、向こうで店番をしていたトシが現れた。
「あのでっかいの落ちた!」
その報告はこの場にいる全員が想像していた通りの結果だった。
「おお! 早かったなぁ! さすが僕の作品!」
「まぁ当然だな。さてさて困った。これで我らは王都の英雄とかになってしまったのではないか? いやいや。当然秘密は守るがな?」
【さすがてんちょ!】
ちょっとした違いはあるものの、それぞれに絶賛の言葉を口にしながら、彼らはトシに連れられて、店へと移動する。
移動しながらトシは簡単に見ていた状況を説明していた。
「オレ頑張って店守った。―――店は無事。壊れてない」
店番をしていたトシはどこか誇らしそうに胸を張っているのを三人は微笑ましげに眺めていた。
「そうかそうか。頑張ったね、トシ。じゃあ今回は簡単な片付けだけかなぁ」
「この間片付けたばかりなのにまた片付けとは、王都もせわしないものだな」
【大丈夫。頑張る】
もはや話題は今後の復興の話に移っていて、その足取りも軽い。
だが転移のゲートのある地下から、一階の店内に入ると、先ほど帰ったばかりのはずの先客がいた。
彼女は四人が現れると、やあと軽く手を上げた。
「すまない勝手に入らせてもらったよ。あの宇宙船が落ちたのが見えてね。大丈夫だったかい?」
謎の男装の麗人、イーグルの登場に四人は顔を見合わせた。
シルナークはさっそくイーグルに不可解そうに話しかけた。
「どうしました? 忘れ物でもありましたか?」
だがそう尋ねるとイーグルを首を横に振り、少しだけ深刻そうに答えた。
「いや、そうじゃない。どうやらよくないことが起こったみたいでね。状況を確認しに来たんだよ」
よくない事というのに全く心当たりはない。
むしろ今は騒ぎが収まって、めでたいはずだった。
四人は首をかしげた。
「よくない事ですか? あの空に浮かんでいた物は落ちたのでしょう?」
「ああ。落ちた。落としたのはマフラーを巻いた全身鎧の戦士だ。ただし真っ黒なね」
「真っ黒? 白ではなく?」
シルナークはつい色について言及すると、イーグルは頷いた。
「ああ。この目で見て来た。黒だったよ。アレはおそらく暴走しているよ。君たちの店長さんなんだろう、あれ? 何か心当たりはないかな?」
だがイーグルが思ってもみなかったことを口にして、店中が間違いなくザワリと沸いた。
というかそれは軽い混乱だった。
「なんだって! 暴走!? いやそんなバカな!?」
「というか正体がバレているのか!?」
【……一体どういうこと?】
ワチャワチャしている店員達にイーグルはいったん落ち着くように話しかける。
「まぁまぁ。オレが見たところアレはとても強そうだった。今のところなぜかおとなしくしているが、今後はどうなるかわからない。だからどうにか打開策がないものかと思ってね。協力者の君達に話を聞きたいと思ったわけさ」
イーグルの物言いはすべてを見透かしているみたいだった。
いろんな意味で動揺する面々だが、その中でも比較的冷静さを保っていたシルナークは、イーグルに向かって目を細め、彼女を問いただした。
「なぜ貴女が、そんなことを気にかけるんです?」
少なくともシルナークが知る限りでは、彼女とダイキチがそう付き合いが長いというわけではない。
ダイキチは必要がなければ、そう秘密を言って回りはしないだろう。
だがイーグルが告げた理由はひどく簡単だった。
「そりゃあ。思い当たる節がオレにもあるからかな。ドクターダイスの話を振ったのはオレだから」
確かに、最近の長期の旅の原因はイーグルが持ってきたようなものであった。
そんな話を振られると、店内の視線はニーニャに集まる。
そんなまさかと彼女の顔は強張るが、すぐに口元に手を当てて、雑多な思念が周囲に伝わった。
【まさか……てんちょは精霊の森でドクターダイスと協力して、戦ったけど……パワーアップしただけのはず、てんちょなら使いこなす】
「そのものずばり原因っぽいんだけど?」
何でそんな意外そうな顔をするんだと、イーグルは唖然としてニーニャにツッコミを入れた。
「うぁあ、やっぱりあれが原因だったか。あのダイスが手を加えたとか責任を感じるなぁ。でもそういえば彼の着ている鎧も以前身に着けていた物とは違っていたんだよね。それもドクターダイスが原因なのかな?」
鎧に関する質問が出ると今度はリッキーに集中した。
リッキーはそんなまさかと息を飲み、何事かぶつぶつ呟き始める。
「ううーん。魔法金属に混ぜこんだ、未知の鉱物がやっぱり駄目だったのか? ダイキチの話じゃ、仙術とかで生まれた化け物の一部じゃないかって話だったけど……」
「……なんだか、オレの知らないことも十分原因な気がしてきたなぁ。まさか他にもある? マフラーなんて、特に禍々しい雰囲気だったっけ?」
恐る恐るイーグルが話題を振ると、今度はシルナークに視線が集まった。
シルナークはそんなまさかと視線を一瞬さ迷わせたが、自分は悪くないとばかりにうむと頷いた。
「マフラー自体は健全だが……アレには殴り殺した竜の血が浸み込んで呪いがかかっていたからなぁ。呪いが何か悪さをしていたとしても、不思議はない」
「……竜の呪い」
「そうだとも。だが向上した性能を気に入ったのは他ならぬダイキチ自身だ。私には何の責任もないと言えるだろう」
自信満々のシルナークだったが、いかにも怪しい黒いぶくぶくがニーニャから飛び出し、どこか気まずそうに告げ口する。
「……なぁ、俺様の細胞混ぜたのもまずかったんじゃねぇかな?」
「あ! 馬鹿者! それを今言わなくていいだろう」
やいやい言ったが彼らのそれぞれの結論はこうである。
【「「でもあれで暴走なんてするとは思えない」」】
三人ともが不思議そうに頭を抱える一方で、イーグルだけが表情をひきつらせていた。
「いや、なんでそんなに厄ネタもりもりで、大丈夫だって思えるのかわからない。こう言っちゃなんだけど一つ一つが世界を滅ぼしかねない超危険案件だからね? あの店長は何を考えているんだか」
しかしどんな研究をしていたとしてもすべて盛ったのはダイキチのはずだ。
飽きれているイーグルだったが、何を考えているのかなんて疑問は彼らにとって疑問ですらないようだった。
「ただ強くなりたいでけでしょ。手段は選ばないよダイキチは」
「うむ。まさしくそうだ。めちゃくちゃだがその点だけは高く評価しているぞ?」
【てんちょは努力家。そしてどんな状況でも切り抜ける不屈の男】
「……なるほど。君達も原因なのはなんとなくわかったかな?」
やれやれとイーグルはため息を吐く。
そんなことよりどうしたものかと頭を悩ませていた面々だったが、そんな彼らの脇を、ずるずると重いものを引きずる音が聞こえる。
音を全員が視線で追うと、そこには大きな棍棒を持ち、戦支度を整えたトシがすでに玄関にいる。
「おい君どこに行くんだ!」
そうイーグルが声をかけると、トシはちらりと振り返り、なんの迷いもなく言ってのける。
「ダイキチを助けに行く」
それを聞いた面々はあるものは仕方がないかと重い腰を上げ、あるものはやる気を十分みなぎらせてと、少しの違いはあったが、皆すぐに立ち上がった。