勇者のお仕事
春風 ツクシは勇者である。
彼女の仕事は二つある。一つは王都の治安を守るため戦うこと。
そしてもう一つは時折現れる凶悪なモンスターを討伐に行くこともある。
この日も、ツクシはまだ日も登る前から聖剣片手に、牛でも丸のみに出来そうな大蛇と対峙していた。
「シャアアアアアアア!」
大蛇は威嚇を繰り返し、尾の一振りで大木をへし折ってくる。
ツクシに向かってすさまじい勢いで大木の幹が飛んでくるが、ツクシは聖剣の一振りで真っ二つに幹を切り裂いた。
「そんなの効かないぞ!」
ツクシは不敵に笑い叫ぶが、肝心の大蛇がいない。
大蛇はすでに行動を起こしていた。
飛ばした大木の影に隠れ、ツクシの死角から襲い掛かる。
鋭い牙はすでにツクシの目の前まで迫っていた。
「!」
そして口から紫の溶解液を吹きかけるが、ツクシには当たらない。
液は空中に残ったツクシの残像しかとらえられず、ツクシは大蛇など問題にならない速度でその首の後ろに回りこんでいる。
「シャッ……」
威嚇音は強制的に中断され、大蛇は口が閉じる間もなくぶつ切りになった。
ツクシは着地し、聖剣についた体液を払って鞘に納めると、バラバラになった大蛇が次々と落下する。
「よし! 終了だ!」
紫の体液がそこら中にぶちまけられて大地にシミを作り、煙を上げる。
そんな中をツクシは服にシミ一つ付けることなく悠々と勝利を宣言した。
「新撰組! すぐに死体の処理を! 相当に強力な毒ですから細心の注意を払いなさい!」
「はい!」
副長のヒルデの指示で、新撰組の隊員たちが動き出す。
手早く事後処理をている彼らの働きをツクシが眺めていると、ヒルデが駆け寄って来た。
「お疲れさまでした。朝早くからすみません」
「大丈夫だ! あれくらいなら朝飯前だな!」
今まさに朝日が昇ってくるタイミングの渾身のギャグらしい。
ものすごく目をクリッとさせ、会心の笑みで言われて、ヒルデはぐっと言葉に詰まる。
「……そうですか」
かろうじてそう言うと、ツクシは若干しゅんとした。
「……うん。ほんとのほんとに朝飯前なんだ」
「ええ。……面白かったです」
「そうか? 気が付いちゃったか? 時間差だな!」
「はい……」
ヒルデはそんなツクシに、少しだけ微笑み、ツクシはその顔を見て満足して元気を取り戻した。
「じゃあ行くな!」
そして上機嫌で王都の方に歩いて行くツクシを、ヒルデは慌てて引き留めた。
「いえ、勇者様。この後、勇者様には王城に来ていただけないかと」
だがそれを聞いたツクシの表情は露骨にしかめられる。
「城!? ヤダ!」
「そう言わずに、お願いします」
「えー……でも、王城はなんか苦手なんだ」
心底嫌そうなツクシに、ヒルデはため息を吐く。
「……店には私が行ってきましょうか?」
「いや! 店には僕が行きたいな!」
「……本当にお願いします。王直々の召喚ですから」
「……わかった」
しぶしぶ頷くツクシに、ひとまずヒルデは胸をなでおろす。
ツクシが王城に苦手意識を持っていることをヒルデは知っていた。
それは、召喚されたその場所が王城だったからだろう。
ぷぅっと頬を膨らませるツクシの機嫌はしばらく直らないだろうとヒルデはどうやって機嫌を直してもらおうかと策を考え始めた。