王様の悩み
王都の中心には、その象徴たる王城がそびえたっている。
元は塔だったものに増改築を施し、城の形にした建物は今では立派な王城として定着している。
その昔、王都の歴史はこの王城が別の世界から転移してきたことから始まった。
そして最初の魔法を引き継ぐ魔法使いは今も王として王都に君臨している。
赤いじゅうたんの敷き詰められた謁見の間で、王座に座る王は呼び出した三人の貴族に声をかける。
「面を上げよ」
「「「ハッ!」」」
跪いていたシャリオ、マリー、ヒルデは、王の言葉で顔を上げた。
シャリオとマリーは獅子と海竜の刺繍の入った赤の青のマントを羽織り、一歩下がった位置にいるヒルデは灰色のマントを羽織っている。
それは正式な場に身に着ける正装のようなものだった。
「よくぞ来た。我が新たな騎士達よ。噂は余の耳にも届いている。ずいぶんと活躍しているようだ」
王は王という肩書に見合った豪華なマントと魔法使いの象徴たる細かな細工の施された杖、そして頭上に虹色に輝く石のはめ込まれた冠を頂く、五十代半ばほどの男である。
王は蓄えたひげを触り、三人を孫を見るような目で見渡していた。
「今日はお前たちに尋ねたいことがあってな。来てもらった。前線で活躍するそなた達の意見が聞きたいのだ。まずは騎士シャリオよ。遠征中に妙なモンスターと遭遇したと聞いたが?」
「ハッ! 我が魔法に強力な耐性を持つモンスターに遭遇いたしました。オークを束ねていた蒸気王を名乗るモンスターは明らかに高い知能を有し、我らの知らない技術を所持していました。揺らぎが頻繁に起こっている結果ではないかと」
「ふむ……やはり影響はあるか。騎士マリーも同じか? そなたは比較的王都の近辺の調査にあたっていたな?」
「ハッ! 我らも数々の外敵と遭遇いたしました。先日の王都で暴れたグレムリンの憑りついた依り代は、地下の洞くつに転移して人には気づかれずにいた物のようでした。王都近郊でも、普段のモンスターとは明らかに異なる個体が増えているのを感じます」
王は二人の魔法使いの言葉を聞くと、自分の髭をなで、眉間にしわを寄せた。
そして今度は彼女達の後ろに控えていたヒルデに視線を向けた。
「……ふむ。では次にヒルデよ? お前の目から見て勇者様はどうだ? 側近として仕えてどうだ?」
「ハッ。勇者様の高い戦闘能力は未だ成長を続けているようです。まだ精神的な未熟さがあるものの、勇者様の戦闘能力はそれを補って余りあると考えます」
淡々と答えるヒルデだったが、それを聞いた王は満足げに頷いた。
「うむ。勇者の活躍は余も耳にしている。そうか、まだ成長していたかあの勇者は。魔王を討伐した時点でもかなり完成されていたと思うが?」
「はい。単純な魔力の強さをとっても驚異的な伸びです」
「であるか……だが大きな力には責任も伴う。ヒルデよ。君の優秀さは聞き及んでる。くれぐれも勇者が足を踏み外さぬよう、導いてあげなさい」
「御意」
王は三人に質問をし終え、考えこむ。
そしてすぐに顔を上げ、召還に応じた三人の騎士たちをねぎらった。
「うむ。やはり実際に前線に立つ者の意見は参考になる。これからも励むがよい。余はこれからの君達の活躍に期待している」
「「「ハッ!」」」
王の言葉を受けて三人は首を垂れた。
三人が謁見の間を出て行く後姿を見送り、王は思考にふける。
すると真っ白なドレスを着た美しい女性が姿を現し、王に話かけた。
「彼女達が噂の新しい騎士ですか?」
「リーンか。ああ、いずれも優秀な騎士達だ。それに異世界の者に直接遭遇している」
「あらそうなの? てっきり美人だから呼びつけたのだとばかり」
クスクス笑う女性に、王は少しだけ慌てた。
「勘弁してくれ。王妃に言われると心臓に悪い」
王はそう言って人払いを指示する。そして部屋に控えていた者たちがいなくなったのを確認して、王は改めて口を開いた。
「だが……、面倒事は続くようだ」
難しい表情の王にリーン王妃は微笑みかける。
「大丈夫ですよ。我が国の騎士たちは優秀です。どんな困難でも乗り越えられることでしょう」
「ああ、この先もそうであってほしいものだ」
頭の痛いことだと王は内心でため息を吐いた。
魔王に対抗するために召喚の魔法を試みた結果、非常に頼もしい戦力の召喚に成功した。
しかしその余波で、揺らぎが王都の周辺で頻繁に起きるという結果になっている。
予想はされていたが、思った以上に危険な存在を呼び寄せることもある事実は頭痛の種だった。
「揺らぎが起こったとしても、大半はガラクタが来る程度のはずだったのだ。しかしふたを開けてみれば、新たな脅威も呼び込んでいる可能性がある。魔王のような存在が紛れ込んでは事だ」
ため息交じりに呟いた王だったが、王妃はそんな王にとんでもない提案をした。
「ならば、更なる召喚魔法を行使すべきではないでしょうか?」
そんな王妃に王は目を丸くする。
「いや……だがな。勇者召喚の影響は顕著に出ている。……今回の勇者は有益だったが必ずしも強力な者ではない事はお前も知っているだろう?」
リスクの方が大きいのではないか? そんなニュアンスで言った王に、王妃は力強く頷いた。
「……それでも今やるべきです。勇者の活躍は私達の思っていた以上でした。そして勇者は王族の魔法で呼び出されたものです。これはここ数百年でも稀に見る成果ではありませんか」
グイっと顔を寄せる王妃に王は気圧される。
それは確かに王族が上げた成果としては、稀に見るものだったのは間違いない。
王妃は王の肩をガッと掴み、力を籠める。
「今の気風なら更なる勇者召喚に反発も起きにくいでしょう。多少の混乱ならば貴族と今の勇者でも対処できます」
「うーむ……しかしだな。魔王が倒れた今、悪影響があるとわかってもやるべきであろうか?」
「やるべきです」
「やけに断言するのだな王妃よ……」
そのあまりの力強さに王は戸惑いさえ覚えたが、急に身を放した王妃は顔から表情が抜け落ちていた。
「ええ……こう言っては何ですが、王族の魔法は地味なのです」
「う、うむー……」
なんともぶっちゃけ過ぎなセリフに王は何も言えなかった。
「王の魔法は世界の揺らぎを安定させるモノ……ええ確かに強力な魔法ですとも。そのおかげで王都の周囲は他の場所に比べて安定しているのもわかります。しかし人は安定に慣れるものです」
「それはなぁ……」
「ですが勇者の一件で新たな魔法の応用で目に見えた成果を出せるとハッキリした今、活用すべきなのです! この機会に異世界の戦力を出来る限り集め、王直属とすることで、王族の権威を盤石なものにすべきなのです!」
「……ま、まぁ確かにできるのなら」
「でしょう! 王都に更なる安定を! この際揺らぎが大きくなるのも新戦力のテストの場と思えばむしろ好都合です!」
「そ、それはさすがに問題発言ではないだろうか?」
王妃の演説に、王は悩む。
かつて王城を危機から回避するために、この世界に移動させた魔法使いの子孫が王族だと言われている。
その魔法を生かし、安定した領土を維持することに魔法を使うのが王の責務なのだが、確かにそれは地味なのだ。
王族がいかに魔法を使おうとも、完全に揺らぎがなくなるわけでもなく、モンスターがいなくなるわけでもない。
他の魔法使い達による定期的なモンスターの間引きは必須だ。
今までは良くも悪くも、王はお飾りだったのだ。
ところが魔王に対抗するために王族固有の魔法を応用し異世界召喚の魔法を完成させ、状況を打破することに成功した今、貴族達が王族を警戒し始めた節もある。
情けない話だがと、王はとびきり大きなため息を漏らした。