朝のゆっくりとした時間
『というわけで、ちょっと帰りに時間がかかりそうだから! 後のことは頼む!』
テラさん経由でそんな通信を最後にダイキチはまだ帰ってこない。
連絡があってからすでに七日が過ぎていたが、まぁあの様子なら心配はない。いつもの事である。
グレムリンによってもたらされた王都の破壊の爪痕はあっという間に修復され、現在店も通常営業中。
この店もそれなりに流行っているが全盛期ほどの賑わいはなく、落ち着いていると言ってもいいだろう。
そしてトラブルメイカーの不在とくれば、自然と店の雰囲気も落ち着いている。
リッキーと、シルナークはその日、王都の店で朝食をとっていた。
メニューはトーストと目玉焼きとサラダという簡単なものだが、店で食べるとぐっと手間が少なくなる。
「あー平和だなぁ」
「平和だ」
食後のコーヒーを飲みながら、ゆったりと過ごす朝のひと時。
静かで健やかな時間は、いつもよりゆっくりと流れている気さえする。
ドワーフのリッキーは満たされた表情を浮かべていた。
「いやー。ついついこっちのお店が便利で長居しちゃうね。部屋もあるし家具もいいのがそろってる」
それに頷くのはエルフのシルナークである。
重々しく頷いたシルナークは店の中にある様々な先ほど使ったばかりのトースターを眺めて言った。
「全くだ。ダイキチのやつも面白い店を作った。家電というやつもこうしてきちんとそろえると便利なものだな。気軽に朝食もとれる」
実際にそれは朝のひと手間を確実に軽減してくれる物が多々存在している。
トースターに冷蔵庫、クッキングヒーターなどはそれがとても分かりやすかった。
「そうなんだよねー家は未だに竈だもんなー。ダイキチに頼んでこのトースターだけでも揃えられないかなぁ」
願望交じりでそう言うと、シルナークは鼻を鳴らした。
「魔道具にも似たようなのがなかったか? まだ、魔道具の方が安上がりのような気もするが?」
「だよなぁ。電化製品は貴族相手の高級品だもんなー」
だがここにあるものの類似品が魔道具という魔力を使うアイテムの中にないわけじゃない。
どちらも高級品だが、細々とダイキチが一人で製作している電化製品よりは魔道具の方が職人が多い分、手に入れやすいだろう。
そしてシルナークは難しい顔で付け加えた。
「魔道具の価格の方がまだ、一般人にも良心的だろう?」
「そこはお友達価格でさ。ほら、なんだかんだと僕らもダイキチの無茶ぶりには応えているわけだし?」
「確かに。いなくなってわかる。あいつは我々をこき使いすぎだ。あまり安く見られても困るからな。だが、こっちの店でリッキーの作品は結構売れているそうじゃないか。今なら魔道具くらい買えるんんじゃないか?」
「まぁ、僕の作品ならそれくらい当然っていうか? そっちこそ、君の服、いい感じのこっちでも評判になってるだろう? うまいこと貴族のお嬢様方に売り込んでいるじゃないか?」
「ふっふっふ。まぁな。私の作るものが正当に評価されればこんなものよ」
リッキーとシルナークは二人して悪い顔でにやりと唇をゆがめるのだった。
最近は、王都にこっそり進出して羽振りのいい二人は、王都でも徐々に知られ始めていた。
そしてそんな二人と同じテーブルについている角の生えた少年トシは、朝から巨大な肉の塊をモリモリ食べ、骨だけになったそれらを前に手を合わせる。
「ごちそうさま」
「お、食事の挨拶?」
「うん。ダイキチがいつもやってる」
「ああ、そういえば言っていたかもな。しかしよく食べるなお前は」
骨の山に胸焼けしそうな視線を向けたのはシルナークだった。
しかし大人のシルナークの視線に怯みもせず、トシは静かに彼らを見た。
「ダイキチから食べていいって言われた奴。でもその黒い飲み物、貴重だから客に出すように言われてるやつ」
ジロリとリッキーとシルナークを見ている視線には、非難じみた物が混じっている。
二人はぎくりと身をすくめる。
一緒に食事をする仲ではあるがこのトシはダイキチに留守を預かるよう言われている店の留守番である。
そして立ち位置がダイキチ寄りのトシは基本的にぶれない。
その上、すさまじく強くひとたび暴れだすと手が付けられないことを知ってる二人はぴたりとコーヒーを飲む手を止めた。
「い、いやぁ。これはまぁ、飲んでみると意外と癖になるというか……」
「そうだ。ダイキチもそういうものだと言っていたしな」
たどたどしく言い訳をする二人だったが、意外にもトシはあっさりと引き下がった。
「……別に構わない。二人は店を任されている」
「そ、そう?」
「でも、やりすぎたらだめだ」
「「……はい」」
全員分の食器を片付けるトシの背中を見送り、リッキーとシルナークはふうと息を吐いた。
「うん……売り物を勝手に使うのはよくないよね」
「うむ……高い奴はやめておこう」
「君ってやつは……そのうちひどい目に合うよ?」
一瞬緊張する場面はあったが、もう大丈夫。
再び戻って来た朝の静寂に再び浸りなおそうと残ったコーヒーを手に取った二人だったがドドドっと地鳴りがして、店の扉が勢いよく開かれる。
「だいきち! 僕が遊びに来たぞ!」
「「おー……」」
勇者ツクシの荒々しい来訪によって二人は静かな朝がもう戻ってこないと察して、優雅な朝食を切り上げることにした。