灼熱
「なんだあれは?」
「あれが噂の鎧ですか。守りは堅そうですけれど」
普通ならあんな大きな鎧を身に着けていては、まともに動けはしないが、オーク達はその怪力で、重量を意にも介さない。
さらにありえないほど巨大な棍棒や斧などの大型の武器ばかり持って、オークは一斉に雄叫びを上げた。
「グモオオオ!」
「グィィグヒィ!」
「ピギャアア!」
オークの装備はそのあたりにいるモンスターが身に着けている粗雑な装備とは明らかに違う。
しかしその叫び声にシャリオは眉を顰めた。
「知性の欠片もありませんわね」
吐き捨てるように言って、興奮している豚の化け物達を眺める。
そんなシャリオに向かって、オークの一匹が向かってきた。
走り出したオークは思った以上に速く、丸太のような棍棒を軽々とふりかぶる。
大振りの一撃である。
いかに速くともよく見ればかわすのは難しくない。
身をかわすシャリオの真横に棍棒はたたきつけられる。
次の瞬間とてつもなく重い衝撃音が響いた。
地割れができるほどの威力は普通のオークではありえない。
「これは……」
シャリオも思わず息を飲む。
あまりにも非常識なパワーだった。
その秘密がオークの身に着けている鎧にあるのは明らかだ。
味方に今のところ被害はないが、ここから先もそうであるかはこれからの立ち回り次第の様だった。
包囲を狭めてくるオーク達を前にして、シャリオは優雅に笑って見せた。
「どうやら面倒なものを手に入れたようね」
「そうですな。分不相応な代物を手にしたようです」
「いいでしょう。モンスター共。このわたくしがきっちりと身の程というものを教えてあげましょう」
「! 急いで退避だ! お嬢様から離れろ!」
ジャンの号令への反応はまさに一糸乱れぬ動きだった。
迅速な動きで離れる部下達を確認し、シャリオは手を上空にかざす。
すると激しい炎が彼女の体を覆い、メラメラと体ごと燃え上がらせた。
炎は髪の一本までも行きわたり、彼女を捻じれ狂う炎の化身と化す。
発せられるあまりの熱で、周囲の地面すら赤く燃え続けていた。
「さて……準備はできました。お相手いただけるかしら?」
そう問いかけたシャリオは今からダンスでも踊るかのように優雅に槍を構える。
一瞬、炎にひるんだものの、オーク達は言語にもなっていない叫び声をあげてシャリオに殺到した。
普通に考えれば、ぺしゃんこになるのはシャリオの方だ。
しかしあるラインに入った瞬間。
炎が地面から吹き出し、オーク達を丸焼きにした。
三体のオークが悲鳴を上げることも出来ず、一瞬で黒焦げになって崩れ落ちる。
クスリと笑ったシャリオは、すまし顔で言い放った。
「言い忘れていましたが、不用意にわたくしに近づけばそうなります。指一本でも触れるつもりなら、それ相応の覚悟をなさい」
「プギィ……!」
オーク達は勢いを無くし、確実にひるんでいた。
遠巻きにシャリオを取り囲み、一定の距離から動かない。
するとシャリオは、今度は槍を頭上に構え、円を描くように回転させ始めた。
「来ないのですか? それは少し退屈ですね。ならばこちらからまいりましょう」
槍の穂先から炎が尾を引きはじめる。
小さな火は瞬く間に炎の壁になり、更には炎の竜巻になって周囲を巻き込み始めた。
すでに先ほどのどさくさに退避を終えた味方の騎士達は、姿勢を低くして丈夫そうなものにしがみついている。
一見すると情けない姿だが、それでいい。
「では、存分に喰らいなさいな。フレアトルネード」
シャリオは何の気兼ねもなく、炎の火力を全開にした。
猛烈な熱波による上昇気流と、炎の魔法に巻き込まれて重装備のオーク達が焼き尽くされてゆく。
炎の竜巻が消えた頃には、包囲していたオーク達はほとんど全滅していた。
シャリオは槍を払い、ガランガランと落ちてくる鉄の鎧を見やってため息を吐いた。
「おかしいですわね……ドラゴンに勝ったというのなら、もう少し歯ごたえがあるかと思いましたが。拍子抜けもいいところですわ」
吐いたため息さえも真っ赤な炎になって燃え上がる。
「相変わらずすさまじい魔法ですね。火の属性に目覚められて以来、その力は増すばかりですな」
這い出てきたジャンはシャリオを称賛する。
これがシャリオの魔法の力だった。
炎を自在に操るこの力の前にはどんな敵でも灰に帰る。
灼熱と称えられる炎の魔法を、シャリオは最も色濃く受け継いでいた。
しかし敵が危険であるように、味方もまた同じである。大きすぎる魔法の力の前では、並び立てる者はあまりにも少ない。
彼女は、ドラゴンのいた戦場を思い出していた。
ドラゴンの炎すらものともしなかった白い戦士の姿は鮮烈だった。
彼ならば同じ戦場に立てるかもしれなかったのに。
思わずため息がこぼれたシャリオだったが、すぐに気分を切り替えた。
見つからなかったものは仕方がない。
炎を静め、見落とした敵はいないか確認すべく、シャリオは悠然と歩き出した。
「!」
だがその瞬間、地面が砕け、飛び出してきた巨大な腕が彼女の体を丸ごと掴み上げた。
シャリオは不意を突かれて状況を把握できなかったが、とっさに体ごと燃え上がる。
それでも巨大な腕はまるで微動だにせず、彼女を飛び出してきた時と同じ勢いで地面の中に引きずり込んだ。
「お、お嬢様!」
あまりにも一瞬の出来事に、対応できた騎士は一人もおらず。
地面にはぽっかりと巨大な穴だけが残されていた。
と、それを見ていたのは騎士達だけではない。
俺達三人は、茂みの中から望遠鏡でそれを確認して、顔を見合わせた。
「大変だ」
「大変だね」
「大変のようだ」
噂のオークと戦うと聞いてこっそり後をつけてみたら、大変なことになった。
大門 大吉とゆかいな仲間達は、行動を開始する。




