マッドサイエンティストは逃げるのがうまい
人間よ大儀であった
我が同胞は解放された
彼らは大地に帰った
これよりこの地は再び精霊の力が満たすだろう
「これはどうも……」
闇の海を完全に消し去ってやって来た大精霊達は俺達を大絶賛してくれたが、ふと思う。
あれ? ここに何しに来たんだっけ? と。
いやヒーローっぽい活躍ができたのではないかと、思わなくもないのだが。
困った異世界人の様子は見るつもりだったが、ドクターダイスは俺達が来たしょっぱなから痛い目に遭っていたし、ニーニャの里帰りは失敗した感じが否めない。
肝心のニーニャは美しく咲く花畑をじっと見つめていた。
「あーなんか……大丈夫か?」
俺は慎重に声をかけると、ニーニャは頷いて答えた。
【……大丈夫。今回は縁がなかった】
「そんなもんか?」
【そう。でも来てみてよかった。いろんなことに気が付いた】
「それなら、よかったのかな?」
【よかった。きっとその時が来たら会うこともある。それまでに語るべきことをもっとためておく】
「そうか」
ニーニャなりに何か得るものがあったのならよかったが、難しいところだ。
だが、そろそろ放置できない問題をどうにかするべき時は迫っていた。
四つの光が俺に、口々に思念が飛んできていた。
ではあのもう一人の異世界人の話をしよう
あの異世界人は精霊を無力化し捕らえた
我らが力を勝手に行使したのは許しがたい
罰を与えるべきだ
【……そう、それは大事なこと】
ニーニャも含めた大精霊ズがようやく落ち着きが戻ってきてお怒りである。
さてではそろそろ、諸悪の根源に、ちょいと話を聞くのもいいだろう。
「ドクターダイス。まぁ結局すべての事情を知ってるのはあんただ。色々聞きたいこともあるんだが……」
俺が振り返ると、しかしそこにドクターダイスの姿はなかった。
「あ、あれ? あいつどこ行った?」
【……! あっち!】
ニーニャが慌てて指さした先には、遠くからこっちに手を振るドクターダイスの姿があった。
そして彼が何か懐からスイッチらしきものを出してそれを押すと、ガチャガチャと機械部品が飛び出し、一瞬で円盤型の乗り物を形成する。
「ば、ばかな!」
高度が上がるのは一瞬である。
『ではさらばじゃ! なかなか面白かったわい! 縁があったらまた会う日までじゃ!』
最後にスピーカーで大きくなった別れの言葉が飛んできて、空飛ぶ円盤は今度こそ空のかなたの星になった。
取り残された俺達は唖然とするばかりである。
「あいつ……まだあんな奥の手隠し持ってたのか……また小粋な逃げ方を」
俺に捕まった後でもいつでも逃げ出せたということか。
だとしたら中々肝が据わっている。
ドクターダイス。
あいつが言うように、また縁があったら会うこともあるかもしれない。
「いや……まいった」
俺は敗北を認めて、ヘルメットを外しドクターダイスの消えた空をしばらく眺める。
そんな俺の横でニーニャはぷんすか怒り、ドクターダイスの消えた空に向かってマー坊をぶんぶん振り回した。
ドクターダイスは、その即席補綺麗さっぱっり残さず逃走に成功した。
「じゃあ俺達もさっさと退散するか」
荷物を回収して、バイクを―――。
と、そこまで考えて俺の血の気がサッと引く。
あのバイク壊れたんじゃなかったか? そして今となっては完全に消滅しているのではないだろうか?
俺はバッと改めて町のあった場所をみると、すでに苔とか木とまで生え始めていてネジの一本でも見つけることはできないだろう。
俺は軽くため息を吐いて天を仰いだ。
「やべ……どうやって帰ろうか」
俺は今日も異世界に試されている。