黒い海と大精霊
「ぬおおお! なんだこれ! 黒いうねうねが! どんどん出てくる」
壁を駆け登りながらとにかく上に向かって俺は進む。
「ウヒョッヒョッヒョッ! 今日のわしこんなんばっかじゃな!」
【てんちょ……急いで! 黒いのがあふれてくる!】
「わかってる!」
ゴプゴプと湧き出す闇は止まらない。
ドクターダイスの作った器の枷を失った闇の大精霊だったものが、その性質を持ったまま暴走している。
「ヒョッヒョッヒョ! ちなみに絶対アレに触れたらだめじゃぞ! アレに侵食されたら何でもかんでも崩れるからな!」
「なんとなくわかってたよ!」
触れた金属の壁面が黒く浸食されて崩れ、飲まれていく様を見れば間違っても触ってみようなんて気は起こらない。
ただまっすぐ上だけを目指す。
あと少し
あと少し
あと少しぃ!
俺はパワードスーツの中で、焦りに焦せった。
「ところで……どうも空中を蹴っとる気がするんじゃが、どういう理屈なんじゃね?」
「今聞くことかそれ!?」
どうでもいいことで集中力を削るお荷物にずっこけそうになりつつも、なんとか俺は地上の光めがけて飛びだした。
勢い余ってドームの天井を飛び越え、未来風の街並みが眼下に広がったのを見て俺は思わず拳を握り締めた。
「よし! これで……」
地上に出ればとりあえず助かると思っていた俺は、しかし甘かった。
地下からあふれ出た黒い泥は、全く衰えることもなく地上に出てむしろ活性化して広がっていたのだ。
「げ!」
まだ駄目か!
俺は更にそこから全力で走って町を駆け抜け、町を脱出すると、少しでも高いところに避難して、ようやく抱えたニーニャとドクターダイスを下ろす。
もはや疲労困憊で俺はその場に倒れてた。
「ハァハァハァハァ……なんなんだアレ」
重い体を何とか起こし、町の様子を確認すると町はもっととんでもないことになっていた。
未来的だった建物も道路もすべて迫ってくる闇の津波に呑まれて沈んでゆく。
建物が壊れる音がするが、埃もたてず、闇の中に沈んでいく町はもの悲しささえ感じさせる。
ドクターダイスは茫然としながらそれを眺めていた。
「あー……」
建物がすべてなくなり、黒い海だけが残った状況を見た俺もどんな顔をしたらいいかわからない。
「うわー……全部なくなった」
【自業自得】
ミーニャのドライな感想を聞きながら、それもそうかと俺は頷くことにした。
じっとその場から動かずに町を眺めているドクターダイスはさぞやショックを受けているかと思いきや。
町がすっかりなくなるのを確認すると満足感たっぷりでこちらを向いて言い放つ。
「まあいっか! いいもの見たのぅ!」
「……」
【……】
いやまぁ確かにすごい光景だったけれども、その感想はいかがなものだろうか?
もう海と言っていい闇はどんどん広がっているし、さすがにどうしようかと俺なんかは冷や汗をかいていると、俺は黒い海の周囲に四色の光の柱が立ち上ったのを見た。
「なんだ!」
【大精霊様……】
ニーニャが茫然として呟いているのを聞いて、この光の仕掛け人が判明する。
ようやく寝坊助な大精霊達が仕事をし始めたようである。
光の柱から発生する光の粒子が黒い海に触れると、そこから染み渡るように光りだし、光は伝播してゆく。
そして闇の海がすっかり光に覆われ大地に戻り、今度は無数の花に姿を変えたのだ。
一面の黒い海がすべて花に代わる光景は美しく、俺も思わずため息が出る。
一仕事終えてふわふわと飛んでくる光が見えた時、この時ばかりは敬ってもいいなと、俺はそんなことを思った。