結局は走ることになる
「見たぞ見たぞ! こうなるか! こうなったか! ええじゃんええじゃんのう!」
「……目を覚ましてたかドクターダイス」
陽気な声を聴いて、俺は戦闘の集中状態から正気に戻った。
声の主のじいさんは罅の入ったゴーグルをかけなおし満足そうにうなずいていた。
「見逃せんイベントじゃて。しかしよくやってくれた! 闇の大精霊をまさか止められるとは思わんかったぞ!」
「そうかい?」
「そうとも。あの黒い粒子は面白かったじゃろ? 固形化やら操作やら」
「ありゃあおめえの仕業かい」
面白そうどころか、危うく何度も死にかけるくらい厄介この上なかった。
本人も性能を目の当たりにして満足しているのか、その満面の笑顔にストレートを叩きこみたい気分である。
「そりゃそうじゃ。いろいろ利用法は考えるじゃろ普通?」
「まあな。ああ、それとあんたに聞きたいことがあったんだ。……結局。ジン族ってどこにいるんだ?」
この妙な場所が、元精霊の森だということは、大精霊達を見た今では疑いない。
目的の一つであるジン族がどこにいるのか尋ねるとドクターダイスはあっさり言った。
「ん、ジン族か? ありゃとっくの昔に森を出てったぞ?」
「! は? お前が捕らえてるんじゃないのか?」
慌ててドクターダイスに詰め寄って揺さぶってみたが、もはや興味もないのかドクターダイスは適当に答えるばかりだった。
「いやー。実験協力は頼んだが断られちゃってな。そんで精霊から実験し始めたんじゃけど、大精霊を捕まえた時点で森を捨てて出てっちゃったぞい。幸い髪の毛とかそういうサンプルが沢山あったんで問題なかったんじゃけどな?」
「うわー……どうせ解剖させてくれとかまた言ったんだろう? じゃああんたが追い出したってことか?」
「いやいや。そんな余裕あると思うか? お前も異世界人ならわかるじゃろ? ほとんど裸一貫でここに放り出されたんじゃぞ? 実際あいつらあやしい他所もんに相当えげつなかったぞ?」
「うーん……そう言う俺が反応しづらいこと言わないでほしいんだけど? それでどうにかこうにか細々と研究を続けて、ここまでこぎつけ、結果ジン族は逃げ出したと」
「そう言うことじゃよ! ところで……そこのジン族のお嬢ちゃんは結構わしを殺す気満々だったりするのかの?」
ホヒョ! と変な声を上げてニーニャの方を振り向いたドクターダイスだったが、ニーニャの方はまだ先ほどの弱体化の影響がまだ残っているのか、ぐったりとして元気がなかった。
「まだ効いているのか。あれ」
「助かったか?……いやしかし、実際問題この研究所も相当のダメージがあるからそろそろ危険かもしれんぞ? 闇の大精霊は精霊をあのボディに詰め込めるだけ詰め込んだ感じじゃから、ボディを壊したらあふれ出すかもしれん」
「ああ、暴走とかそういう。でも大丈夫じゃないか? 大精霊が力を取り戻せば抑えられるって言ってたし。ホラ、今はテラさんもいるしな」
他の大精霊達がぼんやりしていた話をテラさんに振ってみたが、帰ってきたのは驚きの声だった。
『え?』
「え? ってなんだよ。あれの暴走止められるんじゃないの?」
『どうすればいいのでしょうか?』
「……知らないけど」
「……」
俺達は、ただただ沈黙する。
そしてこの静寂を破ったのは、どこか研究所の中が致命的に悲鳴を上げた爆発だった。
「「『!』」」
俺はドクターダイスとニーニャをロックオン。
二人を素早く担ぎ上げダッシュする。
「ヒョ!」
するとドクターダイスの聞きなれた悲鳴が聞こえ、俺は背中をちらりと見てギョッとした。
さっきまで闇の大精霊がいた空間から、真っ黒い泥が噴き出して、津波となるまでにそう時間はかからなかった。