さて結果を見てみよう
濛々と土煙が舞い上がっている中に俺は一人立っていた。
「とりあえず、生きてたか……さて、何がどうなったやら」
ドクターダイスが俺を利用し、妙な実験を企てたみたいだがどうなったのかはわからない。
死んではいなかったことは儲けものだった。
ただ肝心のドクターダイスは、逃げ出しはしたものの爆風に吹き飛ばされて目を回していた。
中々残念な現状に俺はげんなりと眉を潜める。
「おいおい……めちゃくちゃやってさ。せめて意識くらい保っておいちゃくれませんかね?」
「……やってくれる。力をごっそりと持っていかれたか」
「げっ」
そして肝心の闇の大精霊は、まだ元気に活動中だった。
本調子ではないようで、黒いオーラに先ほどの勢いがなくなっているが、本体に大きなダメージがあるようにも見えない。
更に言うなら、それ相応の覚悟を決めていたというのに、俺の体には変化がなかった。
というよりも……俺はようやく現状を正確に理解し始めていた。
「……いや、ちょっと待ってくれ。体が……動かない?」
何とか身動きをとろうとするが全然体が動かない。
正確にはパワードスーツがまったくと言っていいほど動かないのだ。
「ちょっとこれマジでやばい……テラさん? テラさーん!? 」
俺は叫ぶが、反応がない。
いつも頼もしい相棒がうんともすんとも言わない現状にさすがに血の気が引いた。
ノシノシと俺の前にやって来た闇の大精霊から覗き込まれたら、もう気分はまな板の上の鯛だった。
「……だめだな。これ死んだ」
さすがにあきらめの境地に達していたが、闇の大精霊も俺の様子がおかしいことに気が付いて、あきれ気味に言った。
「もう逃げないのか? ……いや、動けないのか。あの研究狂いを信じるからだ」
「……別に信じたわけじゃなく。どうしようもなかっただけなんだけどね」
いよいよ首でもはねられるかと思ったが、闇の大精霊は何を思ったか俺に話しかけて来た。
「我々はお前に質問したいことがある」
「は? 俺に?」
「そうだ。なぜあの瞬間、ドクターダイスの言葉を受け入れた? あの男がお前を我々のような存在にしようとしていたのはわかっていたのだろう? 異世界人だからか?」
心底わからないと疑問に思っている様子だが。俺にはあの時、そう選択肢があったようにも思えない。
「……いいや。そういうんじゃないな。勝率が上がるなら、アリかと思っただけだ」
「そう、そこだ。なぜ当然のように肯定できるのか? 我々は我々の存在を不自然だと感じ、許容できない。だからこそ精霊を保護するという使命を必要とした」
闇の大精霊は自分のことを指して、許容できないと妙なことを言う。
自分が嫌いとか、なんかそう言うアイデンティティ的な話だと思った俺だが、だとするとまた極端に自分探しをしたものだった。
「それって、闇の大精霊になったのが許せなかったから、精霊を保護するとか言ってるってことか?」
「そうだ。でなければ闇の大精霊などというモノは存在してはいけない」
妙な結論だと俺は思った。
俺にしてみればそんなに自分のことを嫌う必要があるのか理解できない。
「俺はそうは思わないけどな」
「なぜ?」
「生きてくだけでこうじゃなきゃいけないなんて決まりあるわけがない。あったとしてもそりゃあ俺以外の誰かが勝手に言っているだけだよ」
闇の大精霊、かっこいいのではなかろうか?
少なくとも自分自身で否定するようなものでもないだろうと言うのが俺の感想である。
しかし、俺が何を言ったところで闇の大精霊に聞く耳などないようだった。
むしろ、俺の答えを聞いて問答の必要性を感じなくなったらしい。
ジンワリと殺気がにじみ出すのが黒いオーラでわかるのは、いっそわかりやすくていい。
「……やはり異世界人だな。秩序を乱すことに何のためらいもない。我々を生み出したその男と同じように。過剰な力はこの世界に受け入れられないのだと知るべきだ」
俺はツイッと視線だけ動かしてドクターダイスを見る。
アレと同じにはしてもらいたくはない。
だがあれはあれで見習うべきところがあったのではと俺は不覚にも闇の大精霊を見てそう感じた。
「そりゃあ望んでなかったってんだから気の毒だとは思うさ。でも、少なくともドクターダイスってやつは、自分のことを不要な人間だなんてこれっぽっちも思ってないぞ? その点は見習ってもいいと思うがね」
実際にそんなに世界が狭量だと俺には到底認められなかった。
「話は平行線だ。己を理解していない愚か者。その短慮でお前は身を亡ぼしたのだと知るがいい」
「……馬鹿言うなよ。臆病な闇の大精霊さん」
この際つい言いたいことを言ってしまったが、まぁ完全に悪手である。
闇の大精霊の手がゆっくりと俺に迫ってきて、俺の頭が握り潰されるまで秒読みが始まった。
マズイマズイマズイマズイ。
これは本当に一巻の終わりかと、俺は目を見開いた。
何となく自分の最後の瞬間を目に焼き付けてやろうと思ったのだ。
結局この闇の大精霊は、自分の異質さを自覚して、自分以外の精霊達が自分を恐れると妄想しただけではないか。
「我々はお前を理解しない」
俺の視界が完全に手のひらで覆われたその時、俺の耳元のスピーカーから声が聞こえた。
『何を言うかと思えば。この謎の生命体にマスターの精神構造を理解するなど不可能です』
「!」
その瞬間、突如降り注いだ雷に闇の大精霊の右手は焼かれて、破壊された。
「ガ!」
呻く闇の大精霊は飛びのいて後退し、俺を見て固まっている。
しかし驚いているのは俺も同じだった。
聞こえた声は慣れ親しんだ相棒の声で。
パワードスーツは動き出し、燐光を帯びて輝いていたからだ。
「……テテテテラさん!? いったいこれはどうなった!?」
半信半疑で話しかけると、テラさんがいつもより滑らかに答えた。
『不明です。しかし貴方の無謀が招いた一つの結果だとご理解ください。マスター?』
心なしか不満そうなテラさんに、俺は感動半分で震え、頷いた。