ドクターダイスは語る
ドクターダイスはマッドサイエンティストである。
元の世界では主に生物について研究していて、改造怪人を作ったりしていた。
しかしそれにも飽き、次は何をしようかなと考えている時、何の因果かこんな異世界にやって来た。
これはきっとマッドサイエンティストな邪神の粋な計らいだと、こっちでも興味のあることを片っ端から研究していたわけだが、その中でも最近のお気に入りが精霊だった。
一定の成果を上げていると思い込んでいたが、やはり精霊は奥が深い。
この数時間で新たな情報は山のように手に入り、こうして目の前で起こっている現象は間違いなく初めて目にする現象だった。
「ほぅほう! 大精霊が人間に力を貸したのか? おもろい! どういう状況なんじゃろうか?」
ドクターダイスはワクワクと瓦礫の陰から身を乗り出して、手製の特殊なゴーグルを使って、白いスーツの男の様子と大精霊を観察していた。
大精霊はボディを破壊したことで解放されてしまったのだろう。
そのあたりを漂うザコ精霊と違って特別な四体の個体はエネルギーが異様に高く、自我がはっきりしているのが特徴である。
そして見知らぬ異世界人は、知らない世界の技術で製作されたと思われるスーツを使って戦闘能力を底上げしているようだ。
その力はすさまじく製作した四体の大精霊用ボディをことごとく破壊するほどの戦闘能力を有する。
おそらくはこちらで新たな技術を使い、更に強化を施しているようにも見えるスーツは、自分の研究に通じるものがあった。
ドクターダイスは同じく目を見開いて頬を興奮で紅潮させている褐色の少女に目をやる。
彼は、少女の特徴を確かに知っていた。
肌の色と、銀色の髪はジン族の特有のものだ。
彼女は闇の大精霊の攻撃の余波を強力な防御で防いでいるあたり間違いない。
防いでいるのはおそらく魔法という技術で、精霊と非常に相性がよくジン族は魔法によってより大きな力を精霊から得られる特殊な体質であった。
そしてああまで興奮して応援しているところをみると、あの白いスーツの仲間はこの少女だろうと想像がついた。
【これはすごい! さすがてんちょ! 大精霊様も見る目がある!】
ドクターダイスは漏れ出る思念にあえて口を出すことにした。
「ほほう。やはりジン族じゃなぁ。あいつらを知っておるのか?」
【……だれ?】
「気づいとらんかったのー! 寂しいんじゃけどー! ……まあええけど。それよりもお嬢ちゃん? じゃあアレがどんな状態なのかわかるんかいの?」
ドクターダイスにしてみてもパッと見ただけではわからないところは多々ある。
ジン族は精霊に関して特別な感覚を持っていると知っていたドクターダイスが質問すると、興奮した少女はあっさりと話し始めた。
【大精霊様達が四柱全部てんちょに力を貸してるのはわかる! 普通の人間にそんなことしてるの見たことない! これは勝ち確定!】
「ほう! ……しかし、そいつはでも奇妙じゃなぁ。なんで人間にそんなことができるんじゃ? 言うても大精霊の力に並の人間の器では耐えられないはずなんじゃよな」
ドクターダイスは話を聞いてムムムと唸った。
だからこそドクターダイスは器を作ったからだ。
事実ジン族で大精霊を御し得た者はいなかった。あくまで信仰の対象でしかなく、大自然の化身であるという話は聞いている。
だからドクターダイスはわざわざジン族から得た細胞を培養し、機械的な制御中枢まで加えて、ようやく大精霊を制御可能な器を作り出した。
ドクターダイスは考えても、予測の域は出なかった。
すると少女が何かをひらめいたらしい。
【仙術! 多分そのせい! 仙術は外から力を取り込めるっててんちょ言ってた!】
「仙術! ということはあの中身は人間じゃないのか?」
そう言う特殊な体質か器官をもった異世界の生き物だとドクターダイスは判断したのだが、少女は首を横に振る。
【そうじゃない。てんちょは人間。仙術は習ったって言ってた】
「…………人間が後天的に身に着けたのか!? ぬおおおおなんじゃそれ!」
初めて聞く言葉にドクターダイスは興奮したが、少女の方は若干戸惑っていた。
【……知らない。てんちょはよく変なことをするから】
「いや! どこが変なんじゃよ! 革新的じゃろ!? 後天的に大精霊の力にすら耐えうる肉体を作る技術なんてものがあるならぜひ研究させてもらいたい!」
少女は変なことだと判断したらしいが、そこにドクターダイスは並々ならぬ執念を見た。
だがそれはスーツの中身は、ずいぶんと無茶をする傾向にあるようだ。
闇の大精霊は戦闘能力という面で見れば間違いなく兵器と呼べるものだ。
他の大精霊ナンバーズももちろん強力ではあるが、大きな力を制御する意味合いが強かったことは否めない。
対して5番目は他をしのぐ保有エネルギーを有し、戦闘用として調整してある自信作だ。
それをただの人間が相手できるという事実が、すべて物語っている。
ドクターダイスはついついニヤニヤするのを止められない。
「しかしそう言うことならあいつは……相当に危ういのう。実に素晴らしい」
【どういうこと?】
「すべてをなげうって結果を求める人種はどこの世界にもおるんじゃよ。異世界から来た奴は大なり小なりそうなる傾向があるが、奴は中でもとびっきりのようじゃな!」
【……てんちょは危ういの?】
部分的にドクターダイスの言葉を拾って少女は尋ねる。
だが、そんなもの一緒にいれば気が付いていないわけはない。
「当然じゃろ? なりふり構わず力を求めねばああはなるまい!」
指を刺した先には、人間とは思えない動きで闇の大精霊と戦う男の姿があった。
ドクターダイスは胸を張って断言する。
短い付き合いだが、自分と通じるものがあると直感したからここまでついてきた。
そしてわずかながらも言葉も交わし、得た結論でもある。
ドクターダイスにしてみれば最大限の誉め言葉だったが、大抵こう褒めたたえると、周囲の人間は不安そうな顔をする。
正直に言えば、それこそなんでそんな表情を作るのか、ドクターダイスにはさっぱりわからない感覚だった。