テラさん以外の声
水の重さと巨大杭打機で最下層まで一気にたどり着くことに成功した俺、大門 大吉は今、いきなりヤバそうな奴の目の前に立つことになった。
どさくさに拘束した青い鎧が変なパイプでバラバラにされてしまった。
身の丈5メートルくらいの真っ黒い鎧に謎のパイプがくっついている時点でただ者じゃないが、体からあふれ出る混沌とした気配からは化け物感がにじみ出ていた。
「ウヒョヒョ!」
「……」
遅れて落下してきたドクターダイスがボンとエアーバックで膨れて、ボヨボヨ跳ねていなかったら、迫力に呑まれてしまったかもしれない。
俺はいったん黒い鎧から距離を取った。
「……おい、ドクター? あいつが闇の大精霊だよな?」
仕方がないのでエアバックがようやく縮んだドクターダイスに尋ねてみると、ドクターダイスはようやく相手に気が付いたのかヒョッと息を飲んだ。
「そうじゃそうじゃ! あいつが闇の大精霊じゃ! ナイスデザインじゃろ? それよりも落下を受け止めてくれんと死んじゃうんじゃけど?」
「セリフが軽いな! しかし……思ってたよりずっとやばいぞアレは」
どうやったらあんな禍々しいものができるんだという非難のつもりだったが、ドクターダイスは誇らしげだった。
「だって最新作じゃもんよ? ところでなんとなく思ったんじゃが、お前さん、なんか他にもネタを仕込んどるな? 回避にしても観察眼にしても普通の人間が見えてないもんを見てる感じなんじゃが? 脳みそサンプリングしていいか?」
「いいわけがない。妙な事したら今度は盾にするからそのつもりで」
幸い今すぐにでも、襲い掛かってきそうな敵なら目の前にいる。
闇の大精霊は、主にドクターダイスと、そして俺に鎧の奥から赤い瞳を光らせ、寒気がするほど殺気を叩きつけて来た。
「異世界人……他にもまだ存在したか。駆逐せねば」
「おいおい、ずいぶんだな。初対面だろう? 仲よくしようぜ?」
俺は、身構えつつも軽い口調で言ってみたが、闇の大精霊は聞く耳を持たない。
そして鎧の隙間から真っ黒い闇を立ち昇らせ始めた。
「異世界人は滅ぼすべき対象だ。理の外からやって来た外道の者。貴様たちは意味もなく理を壊す」
「……やっぱりなんかめちゃくちゃ評判悪いぞ。ドクターダイスさん?」
「なんでじゃろうか? こんなに手塩にかけて改造したのに?」
「そもそも改造がまずいんじゃないか?」
いっそドクターを差し出してやろうかと思ったが、それ以前に話し合う余地はなさそうだ。
闇の精霊はその手に闇を集めて、中華包丁が巨大になったみたいなごっつい大剣を作り出していた。
「まぁ……最初から歩み寄る余地はないか。店員攫われて黙ってるなんざ、店長の名折れだしな!」
俺は前のめりに身体を倒し、一息に距離を詰めようとしたがニーニャから思念を飛んできて踏みとどまった。
【その黒いやつに触ったらダメ!】
なに? そうなのか?
武器なんて持つからへし折ってやろうと思ったが、考えてみれば少々迂闊だ。
何せ闇の大精霊は、ニーニャを相手に出来る可能性がある。
「……!」
ただ向こうも待っていてはくれない。
黒い光をまったく反射しない刃が振りかぶられ、まっすぐ縦に振り下ろされた時、カンと軽い音を立てて、刃が俺のいた位置を通り過ぎる。
振った瞬間、伸びた刀身が研究所を一刀両断したのだ。
そして今、刃は真下を向いていた。
切れ目はどれだけ深く刻まれているのかもわからないが、一瞬で金属製の床までも切り裂いたのを目の前で見せつけられて、俺は鎧の下で冷や汗をかく。
「どんな切れ味だよ……触れないで正解だ」
『回避を推奨します。アレは単純な物理攻撃ではありません。性質としては過去の例を見て魔王の白い魔法に近いものです』
「白い魔法? ああ! あの何でも壊すってやつか……やばいな」
『やばいです』
テラさんの短い同意で、とにかく当たるわけにはいかないことは理解した。
さらにニーニャからも追加の情報がやってくる。
【あの黒い攻撃は飛ばすこともできるから気を付けて】
「それはまた厄介そうな……ならこっちも遠距離から攻めてみるか?」
ひとまずい俺は遠巻きに走り、手のひらから十発ほどエネルギー弾を打ち放つ。
「無駄だ」
しかし闇の大精霊の腕が霞んで見えと思ったら、俺の攻撃がシャボン玉のように消えてなくなった。
エネルギー弾は闇の大精霊の黒い大剣の斬撃で簡単に切り払われてしまったらしい。
「くそ! ハエじゃないんだぞ!」
俺のエネルギー弾に触れても、闇の大精霊の剣筋はぶれることもなかった。
触れた瞬間、油がはねるような音はするが、抵抗があるようにすら見えなかった。
「テラさん! ちょっと強めに行くぞ!」
俺はテラさんに呼びかけ、とにかく隙を作ろうとしたのだが……気のせいでなければ、放つ瞬間に聞こえた声はテラさんのものではなかった。
手を貸そう―――。
そして俺の放ったモノは、いつもと明らかに違う。
カッと猛烈な熱を伴って放たれたエネルギー弾の衝撃で俺の身体は後ろに吹っ飛ばされた。
「は?」
赤い軌跡を空中に描き、闇の大精霊にまっすぐに飛んで行ったそれは、着弾と同時に大きな熱の球体となって闇の大精霊を包み込むと、球体の内側のみを焼き尽くす。
それはまるで魔法のように。
「ぐおおおおお!!!」
予想外に悲鳴のような声が響き炎が収まると、そこにはぶすぶすと今度は本当の煙を吹き、片膝をつく闇の大精霊の姿があった。