燃える状況こそ不可能を可能にする
その部屋……いや階層に着地すると、床は水に満たされていたが、くるぶし程度の水深で溺れることはまだなさそうだ。
風の方も今のところは強風程度のものだが、今後どうなるかはわからない。
天井は高く、階層は広い。動きを制限されることがないというのがこの場合どちらに有利なのかは何とも言えなかった。
「二体まとめて……そいつはルール違反なんじゃないか?」
「ルールなどない。ナンバー1と2が機能を停止した。これは非常事態である」
青い方が普通に返し緑の方は背中のファンを回転させふわりと浮かび上がって地下の風が荒々しさを増してゆく。
「侵入者を敵と判断。即時排除だ」
二体の大精霊はやる気満々で連携してくることは疑いなかった。
俺はゴクリと喉を鳴らして、冷静に頭を回転させた。
先の二体は不意打ちが成功したことで勝利を収めたと、俺は考えていた。
俺は現在、あの鎧というかボディを壊すのに十分な攻撃力を持っていることは証明できたが、おそらくであいつらの攻撃力も俺の防御を突破できるというのが俺の見立てだ。
それはこの目で感じる力の量を見れば一目瞭然だった。
大精霊という名は伊達ではない。全力を出せば下手をすると王都の貴族のトップよりめちゃくちゃなことができてもおかしくはないかもしれない。
今のところはあの器が力を制御して目的に合わせているからどうにかなっているが、こういう引けない時仙人の眼力というやつは、便利だが厄介だ。
ニーニャのルーツだと考えれば当然なのかもしれないが、魔法の完全な上位互換。それがあいつら大精霊なのだろう。
つまりお互いに相手を破壊できる攻撃力を持っている。
今までは機動力で勝る俺に分があったが、二体だと一体しとめてもその隙にもう一体が俺を仕留めにかかる。
相当にうまく立ち回らねばならない。
俺の強みと言えば一人の立ち回りのしやすさってところだろう。
「ん? 今なんか不吉なこと考えたか?」
「いや? 気のせいじゃないか?」
妙に鋭いドクターダイスは、ちょっと本気で逃げ回ってもらうとしよう。
緑色の鎧の目が赤く光ると、水の中からカプセルのようなものがいくつも飛び出して、中から戦闘員たちが次々に姿を現した。
ドクターダイスはこの上の増員で顔色を青くした。
「……この上数で押しつぶすつもりか、めっちゃやる気じゃな」
「手を抜く理由もないだろう……しかし、こいつは」
はたと、今の状況に気がついて、俺の思考は停止していた。クールにクールにと言い聞かせていたのに、どうしたことだろう。
これは非常事態である。
だがこの状況を見て俺の身体はブルリと震えてしまった。
そんな俺を見て、ドクターダイスは冷や汗を一筋垂らしていた。
「やっぱり……まずいかのぅ?」
「いいや……いいな」
「?」
「この状況は……いい」
「ひょ!」
たたずむ親玉……いや怪人に、黒づくめの戦闘員。
そして、そこに立ち向かっていかなくてはいけないというこの状況!
どれをとっても、血がたぎる。
いや不謹慎だということは十分わかっている。わかっているが、こういう時にしか求めている状況はやってこないので。
ドクターダイスが渇いた笑みで頬をひきつらせていた。
「ヒョッヒョッヒョ……この状況でそう言うこと呟くあたり、お前も相当頭のネジが飛んでおるな?」
俺は思わずドクターダイスに視線を向けた。
確かに、最近はそう言われることも多くなった。
だが俺に言わせれば、まだまだ俺は甘かった。
「違うな……俺は頭のネジが飛んでるんじゃない―――」
戦闘員達が一斉に光線銃を放つが、俺はドクターダイスを抱えあげ、高速で回避する。
本当に頭のネジをどこかに置き忘れて来た人間ってやつは、俺のようなロマンがどうのと熱くなる儀式は必要ないと俺は考えている。
考えているわずかな隙も無く、むしろそこに活路さえ見いだせる奴らが俺の理想だ。
俺は首のマフラーを素早くほどき、戦闘員へと飛ばした。
マフラーは自由自在に部屋中を走り回って戦闘員を数十と、運んできたカプセルを拘束した。
怯んでいる時間がもったいない。まずは雑魚を片付けないと怪人は相手をしてくれないのだから。
「テラさん! 電撃!」
「了解です」
俺は赤いマフラーを握り締め、思い切り引っ張ると、拘束した戦闘員は捻じり切られ、電撃でことごとく破壊された。
ばらばらと戦闘員の残骸が落ちてくる中、俺は更に意識の戦闘スイッチを入れ、行く手を阻む怪人どもに向き直った。
「自分で頑張って緩ませてんだよ。これから飛ばすところだ」
「そうかのぅー結構キとると思うけどなー」
そうだといいが、いつになったらその境地に行けるものなのか?
俺は水の上を滑るような勢いで、更なる戦闘に身を投じた。