闇の大精霊
ドームの中に飛び込むと、まずは広い球場のような空間があった。
まさにドームという感じではあったが、そこに無数の焦げた跡や破壊痕があればだいぶん見た目の印象は変わってくる。
少なくとも、スポーツに汗水流して、壁が焦げることはないと思う。
「おおふ……ビビった。飛び降りるなら飛び降りると言ってくれんかのぅ? あまりの高さにちびったんじゃけど? 元は競技場なんじゃから。高さがあるのはわかるじゃろう?」
「それはすまんかった。元は競技場だったのか?」
「そうじゃ。広い場所が欲しかったから、後から手を入れて研究所にしたんじゃ」
「何かの実験場……なんだろうなぁ」
ドームの中の壊れた個所に視線を向けると、ドクターダイスは首を縦に振った。
「まぁそういうことじゃね」
さぞかし派手にやっていたであろうことは予想が付いた。
ちょっとうらやましいと思ったのは内緒である。
だがここにニーニャの姿はない。とすれば他に何かあるのは間違いなかった。
「それで? 本格的な研究施設はどこにある?」
「地下じゃな。重要な施設は地下に作っとる」
「くっ……どこまでも基本を押さえてるな」
まぁ秘密の研究所が地下にあるのは自然なことだ、俺だってそう思う。
地下室はロマンであふれている。
ドクターダイスは、俺の呟きを聞くとハッとした顔で俺を見た。
「そうじゃろ? そうじゃろ? やっぱりお前見どころがあるやつじゃな」
「そう言うのいいから。ああでも、そろそろ聞いておいた方がいいかな?」
「なんじゃね? ここまで来たら大抵のことに答えてえてやるぞい?」
気をよくしたドクターダイスは鼻の穴を丸くしていたので、大切な質問を切り出した。
「ふむ……じゃあ。何であんたは逃げ出したんだ? 暴走した精霊ってのは、表で倒したやつじゃないんだろう?」
アレは、どうにも実用化出来ていたみたいなことをドクターは言っていた気がする。
土はこの町を作り出すために、炎はエネルギーとして活用していたとはドクターダイス自身の言葉だ。
ただ、やはり自分が逃げ出した原因は愉快な話ではないのか、露骨にドクターダイスは眉をしかめた。
「……そうじゃよ。ナンバー4までは問題なかったんじゃ。だが問題はナンバー5……こいつは他のやつとは少々アプローチが違ってな」
「そうなのか? なにした?」
「遠慮がないのぅ。失敗談なんでデリケートに扱ってほしいんじゃが?」
「そう言うのいいから」
今は情報優先だ。
それによってここからの戦いでの生存率が変わってくる。
主に命が危ないのが自分だとわかっているからか、ドクターダイスは大した抵抗もなくため息一つで話始めた。
「うーむ……アレじゃ。複数の精霊をくっつけて合体大精霊を作れんかと思ってな。強力な器に精霊を詰め込んで条件を整えてのぅ? 生成してみたわけなんじゃけど……」
「ぬぉ……ここに来てマッドサイエンティストっぽいエピソードをぶっこんできやがった」
「ふふん。いやぁー、そうじゃろー? 苦労したんじゃよー? 最下層には特殊な空間があってなー? そこに数百の精霊を詰め込んで合成を成功させるのにもまた苦労がー」
なんかすごく嬉しそうに語り始めたが、数百の精霊を詰め込んだやら、ちょこちょこ捨て置けないワードが散見された。
「なぁ、蟲毒って呪い知ってるか?」
「うんにゃ? 聞いたこともない」
ちなみに蟲毒とは、壺の中に毒の虫を百匹入れて最後に残った一匹を使って猛毒を作り出す呪術……とか漫画とかで見た。
どうにもすさまじくまずい予感がしてならなかった。
「そうか……それで、何ができたんだ?」
改めて気を引き締めてそう質問すると、ドクターダイスはぐっと言葉に詰まる。
「闇の大精霊、奴はそう名乗りおったな。出来立てほやほやのくせに」
「……それはまた強そうだな」
「そりゃあもう! 他の大精霊はあくまで実験の補助用ボディじゃったが闇の大精霊は完全な戦闘用じゃからな! 今までのように情けないことにはなるまいて! 情報戦までこなすぞ? 何せ他の制御全部持っていかれたからのぅ!」
胸を張って自作の兵器の自慢をするドクターダイスだったが、俺はヘルメットの下で思い切り表情をしかめた。
なんでそんなヤバそうな奴に限って戦闘用……さすがはマッドサイエンティストだと変な関心をしてしまった。
「なんで得意げなんだ! これから殴り込むんだから性能自慢より弱点出せ!」
「さぁ? 弱点なんてあるのかのぅ? 思いつかなかったからわし逃げ出したんじゃけど」
「……」
手っ取り早く自爆ボタンでもつけてくれればいいのに。
そういう基本こそ押さえてほしいものだった。
「それよりもじゃ。わしはお前が気に入ったぞ? お前にはわしに通じるものがある! わしも秘密を教えてやったんじゃからお前も話せ! そもそも何をしにここに来たんじゃね?」
ワクワクと目を輝かせ弱点も教えないままのドクターダイスを俺はじろりと横目で見る。
別に隠すことでもないので俺は包み隠さずすべて語った。
「なんか異世界人を解剖しようとしたり、知り合いの故郷を無断で改造してる迷惑な異世界人がいるって話を聞いて、とっつかまえて説教しに来たんだ」
「……」
俺はソロっと逃げ出そうとしたドクターダイスの縄をぎゅっと締め上げる。
「まぁもうしばらく仲よくしよう。マッドサイエンティスト。俺も君の話に興味津々なのだよ」
「えー」
これはいよいよ急ぐべきかもしれない。
未だにニーニャからの連絡はない。