緊急事態
「よし。じゃあ……とりあえずあの町に行ってみるかな」
ぐだぐだしていたところで仕方がない。
まずは目に見えるところに行ってみるしかないだろう。
ニーニャも先行しているし、ためらっている暇もないのだが、縛られたドクターダイスは足をばたつかせて嫌がった。
「! いやじゃいやじゃ! せっかく逃げて来たのに!」
「そういやあんた、なんで逃げてきてたんだ?」
「失敗したって言ったじゃろ! 実験体が暴走して反逆したんじゃ!」
「実験体か」
なんとなくその実験体とやらには心当たりがあった。
脳裏に過るのは、あの戦闘員っぽい謎のタイツ軍団である。
思わず視線が冷たくなったが、それをどう受け取ったのかドクターダイスの目が輝いた。
「お? 興味あるか? あいつらはすごいぞー。何せ精霊研究の粋を集めた力作じゃからな」
聞いてもいないのに説明を始めたドクターダイスだったが、俺にしてみればいっそ都合がいい。
「ほうほう……精霊とな?」
「そうだとも! 精霊は意思を持ったエネルギー体なんじゃがな。わしはそいつを入れる器を完成させたのよ」
「なんだそれ?」
「だから、エネルギーを入れる器じゃよ。精霊の力を効率的に使うための仮の肉体じゃて。結果は御覧の通り。やろうと思えばあんな都市すら一晩で作り出せる」
「は!? アレを一晩で? ……冗談だろう?」
「冗談なものか! 高度文明は自然物を都合がいいように加工したものじゃろ? 自然エネルギーを自在に操るってのはつまりはこういうことじゃて。美しいじゃろう? もはやこいつは神の所業じゃて! ヒョッヒョッヒョ!」
渾身のどや顔を魅せるドクターダイスは、嘘を言っている風ではなかった。
さすがにそれはちょっと驚いた。
あの都市はどうやらドクターダイスの仕業だったらしい。
「なんとなく土とか操ったりできるくらいの、もっとメルヘンなやつだと思ってたけどな」
「間違っちゃおらんな。試したが、ただの精霊を器に入れても大したことはできなんだ。しかし大精霊ともなればその内包するエネルギーは天災そのものじゃよ」
そんな天災にも匹敵するエネルギーすらコントロールするところまで手をかけていたになら実際大したものである。
しかし、今となっては疑問符が付いた。
「じゃあ、その天災そのものに狙われるようになっちゃったんだな……」
「……やっぱり逃げよう!」
現状を思い出してまた逃げようとするドクターダイスの姿はとてもそんな偉業をなした人間とは思えなかった。
それにこのまま放置するわけがない。
「そう言うわけにもいかんのよ。一緒に来た仲間があの町に行ってる。それに……まぁ、もう手遅れかもな」
「なんじゃ?」
ドンと地面が震えたのは、そう言った直後だった。
ドクターダイスの背後の土が盛り上がり、腕が突き出て体を掴む前に、俺はロープを引き寄せていた。
空を切る巨大な手と、ロープを引っ張られ、勢いよく一本釣りされた魚のように空を飛ぶドクターダイス。
「……貴様」
「遅い」
謎の鎧は意識を俺に移したが、その目に俺は捉えられていない。
敵意はバシバシ地面の中から感じていたのだ、心づもりさえできていれば、反応も早くなる。
俺の蹴りは容赦なくその首を一閃した。
雷光が閃き、敵の頭部が完全に破壊される。
地面から出て来た全身鎧の化け物は、よろよろと後退して崩れ落ちた。
「お? おお! なんじゃすごいな!」
ダイスは最初何が起こったのかわかっていない様子だったが、倒れた茶色の鎧を見て芋虫の様に転がりながらも歓声を上げた。
「おいおい。自分の作品なんだろ?」
「いやいや構わんかまわん! 今何をしたんじゃ?」
「何かされる前に蹴っただけだ。いくらでっかい力だろうと、体があるなら、耐久性だって青天井じゃないだろ?」
まぁそれは当り前の事だ。
古今東西、馬鹿でかい力に対抗するなら、何かされる前にけりをつけると相場は決まっている。
ただ茶色い鎧と俺を順番に眺めて、ドクターダイスは手を打った。
「うひょ! ……盲点!」
「そんなでもないだろう」
「面白いもんを見られた……じゃあの! この辺で」
「待て」
俺はため息を吐きつつ、ドクターダイスを縛る縄の端を掴んで引き寄せると、ドクターダイスは抗議の声を上げた。
「なんじゃよ!」
「もうちょい付き合ってもらう。まぁ二回も助けたんだ。その代金とでも思ってくれ」
「えーわし見ての通り命を狙われとるんじゃよなー」
俺もそもそもこいつをとっちめるために来たんだけれどドクターの情報は有益みたいである。
この後何が起こるのかわからない以上、今手放すのは悪手だ。
「まぁちょっと付き合いなさいよ。あんただって別に逃げ回りたくはないだろう?」
「もう逃げた後何じゃから、逃げに徹したいんじゃが?」
「テラさん? ニーニャと連絡取れないか?」
ドクターダイスの言葉は聞かなかったことにして、テラさんを通じてニーニャと連絡を取る。
しかしここで早速問題が起きた。
『マスター緊急事態です。ニーニャが捕らえられました』
「……なんだって?」
それは俺の中で、ありえないと言っていいほどに予想外に過ぎた。