ドクターダイスはマッドサイエンティストである。
「ほっほう! やはりお前さんも異世界からこの土地に来たのか! 面白おかしい格好しとるわけじゃよ!」
ドクターダイスは、よくしゃべる爺さんである。
それが俺の印象だった。
こっちがパワードスーツを着たままなのに話しかけてくるのは引っかかったが、こうやって話している分には害はなさそう……なんて思った俺は甘かった。
「なぁ、解剖とか、人体実験とかしていいかの?」
目を輝かせていきなりこういうことを言ってくるからとんでもない。
顔を近づけて来たドクターダイスから、俺はソッと距離を置いた。
「さらっと怖いことを言う爺さんだ。噂は本当だったか?」
「なんじゃ噂って」
「……異世界人を襲って、人体実験を繰り返してる、マッドサイエンティスト」
なんだか面倒くさくなって俺は聞いた噂を直接本人に伝えると、ドクターダイスの目は点になる。
そして自分の髭をなで、不思議そうに首をかしげて言った。
「……まぁ、マッドサイエンティストじゃからな?」
何を言っているのかと本気で思っていそうな声色にますます、俺はドン引きだった。
「……せめて少しは隠す努力をしろよ、自称マッドサイエンティスト」
「やじゃよ。コソコソしておるマッドサイエンティストなんてかっこ悪いじゃろ?」
「コソコソしなきゃ成立しないんじゃないか? すぐ捕まっちゃうだろう?」
実際何をやっているかまでは知らないが、自分のしていることが悪だと自覚していなければ、マッドサイエンティストなんて名乗らない。
そのあたり価値観は共通していると思っていたが、ドクターダイスは一層堂々と言い放った。
「ヒョッヒョッヒョ! そこを自らの研究成果で跳ねのけてこそ、倫理を踏み越えたかいがあるってもんじゃろがい! まぁよくボコボコにされるが!」
「だめじゃないか」
「だめじゃな―。まだまだマッド数値が足りんわい。実際わしはまだまだおとなしい方じゃよ? 命に係わるようなことはしとらんもの。好奇心が振り切れとらんと仲間内ではからかわれたもんじゃわい」
しょんぼりと肩を落とすポイントすら俺には意味が分からない。
「なんだ、その数値。初めて聞いたなそんなの」
「そうなのか? わしらの世界じゃ結構みんな言ってたぞ。マッド数値が振り切れるとレジェンド認定されるんじゃ」
だが話を聞いていると、こいつが住んでいた世界からしてちょっとおかしいみたいである。
「……ちなみにレジェンド認定されるとどうなるとかあるのか?」
「無論逮捕されるな、ぶっとんどるものやり方が」
「……やっぱり犯罪なんじゃないか」
「だが、レジェンド認定されて初めてマッド業界では一人前なんじゃよなー。なんせわしの世界じゃ国民の8割が学者じゃから。目新しさがないと箸にも棒にもかからんよ」
「……どうやって成立してんだその世界」
「ふむ……人類が労働から解放されてから500年じゃもの。人々はそれぞれに興味のある分野を開拓し、さらなる深淵を目指しておる。わしもちんたらやっとれんわい」
「……」
難しいものだと眉間にしわを寄せるドクターダイスの初めての困り顔が、今語っていることが彼にとっての現実だと物語っていた。
ろくでもないけど、ちょっとうらやましい。
でも高みじゃなくって深淵と割と堂々と言ってる辺りが、更にろくでもなさそうだなと思った。
「マッド業界に足を踏み入れたのはスピード感をもとめてじゃな。資金調達が大変でのぅ! 闇で手足を4本にしてくれと言われてやったこともあるぞ?」
「やっぱりろくでもないじゃないか」
「まぁそれでも知りたいことがありすぎてのぅ! そういうわけ何で、解剖してもええかの? 大丈夫じゃよ? 元に戻せるからの? 実験体は大事にするから」
「絶対ダメ」
「ちぇー」
どんな美学があるのかは知らないが、堂々とそう言い切る神経は一周回って感心してしまいそうだった。
「俺もこれだけ開き直れたらもっと堂々と……いや、そこを見習ったらダメなやつ系だなこれは」
「お? お前さんも興味があるか? 何なら一緒に共同研究でもやるやるか! ヒョッヒョッヒョ!」
「……」
久しぶりに異世界人は頭のネジが一本外れているという言葉を思い出す。
俺はとりあえず、おもむろにロープを取り出して、こいつを縛り上げることにした。