貴族様って貴族様なんだなって感じ
俺は橋の下で出会った後、マリーに誘われ彼女に家に招待されていた。
「まぁゆっくりしていけ。店長には世話になっているからな」
「……ありがとうございます。ところでこんな雨の日にマリー様は一体何を?」
「ああ、雨の日は見回りと訓練がてら、市中をランニングしている。水の気配が強い時は訓練にいい。私の得意属性は水だからな」
「そうなんですか?」
「ああ。雨の日の私は相当に強いぞ。機会があったら見せてやるよ」
「は、はは」
愛想笑いを浮かべてみたが、確かに水が近くにある時のマリーの強さはよく知っている。
実際戦ったこともあるのだから当然である。
川の側にいるだけでも相当なのに、雨の日なんて考えるだけでもすさまじいだろう。
曖昧に笑う俺にマリー様はいたずらっぽく笑い、言った。
「まぁそういうわけで、ランニングをしていたら、橋の下で見知った顔を見つけてな、声をかけてみたというわけだ」
「いやぁ、本当にお恥ずかしいところをお見せしてしまって。申し訳ない」
勢いにつられてついついてきてしまった俺は頭を下げた。
俺がマリーについて知っていることはそう多くない。
シャリオお嬢様と同期の魔法使いで、貴族だということ。
そして水の魔法が得意で騎士団に所属していること。
接点は店の常連さんであることくらいだろう。
シャリオお嬢様と同格ならお金持ちなんだろなと、予想はしていた。だが連れてこられたお屋敷にドーム何個か分ほどの庭があり、宮殿とも言えそうな大邸宅に案内されれば、実感が出てくる。
「は、本当に、入っていいんですか? 汚いですよ?」
及び腰の俺に返って来たのは、豪快な笑い声だった。
「はっはっは! 小さいことなど気にするわけがないだろう! 堂々としていろ!」
そう言ってマリーが屋敷の扉を開け放つと、ずらりとメイドが並び、マリーを出迎えたりしていれば、俺の膝は笑い出した。
「「「「「おかえりなさいませお嬢様」」」」」
「うん。今帰った。すぐにお風呂を沸かしてくれ。それから彼にも風呂と暖かいものを。客だ、丁重にもてなすように」
「はい。お嬢様」
テキパキと指示を出し、周囲の召使さん達もタオルや飲み物をベストなタイミングでお嬢様に渡している感じを見ると、ずいぶん手馴れている上、高度な教育が見て取れる。
まさしく貴族。それも格の違いを見た気分だった。
俺はなんとなくおずおずとマリーの後をついて行っていると、使用人の方に呼び止められた。
「お客様。ではこちらに」
「は、はぁ。どうも」
まさに執事さんという感じの初老の老人に案内されて、俺は小部屋に案内された。
「では、衣類をお預かりいたします」
そう宣言されるとあれよあれよという間に気が付いたら、俺は風呂に浸かっていた。
「はっ! 俺はいつの間に風呂に入った……! 時が飛んだようなナチュラルさに羞恥心を感じる間もないとか……!」
大きな大理石でできた浴場には、数人のお手伝いさんが待機していて御用を言いつけることもできるようだ。
「ではお客様、浴槽で身を清められたら、こちらで横になっていただけますか?」
「い、いったい何が始まるんです?」
案内しようとするメイドさんに尋ねると、わけのわからない男にも完璧な笑顔で彼女は答えた。
「マッサージでございます。アロマオイルマッサージですが、苦手な香りなどございますか?」
「……いえ、とくにはございませんよ?」
「では、こちらに」
「……はい」
横になると夢心地。もみほぐされて、一分以内に睡魔との戦闘が始まる。
そして気が付いた時にはすでにすべてが終わっていた。
ツルンとなってペカンと肌が光っている気がする。
旅の疲れも一瞬で吹っ飛んだ気がした。
「はっ! つい磨き上げられてしまった」
俺は想像を絶するテクニックを堪能したと思ったら、気が付くと大きな食堂で、スープをごちそうになっていた。
一口匙で掬い、口の中に含むと、濃厚なコンソメスープが香辛料の刺激と共に、流れ込んできて、俺の体を温めてゆく。
「うまぁーい……コンソメスープとかこの世界にあったんだ」
自分で作ってみようとはならないもんなあれ。さすがは貴族様。食事すら一段上の素晴らしいものだった。
なぜか俺が貴族の暮らしを堪能していると、豪快に食堂の扉が開く。
入って来たのは軍服姿のマリー様となんだかコロコロしたタヌキみたいな生き物だった。
「よし、店長。少しはマシな格好になったな」
「きゅーん」
丸い生き物が鳴く。
それが妙に気になってじっと見ていると、マリー様の目がきらりと輝き丸い生き物を持ち上げて見せた。
「ほほう! 店長! やはり気になるか! 我が家のかわいいコンちゃんだぞ? どうだ? 可愛いだろう?」
「はいとってもかわいいですね」
ちょっと丸いが確かにかわいい。
ただ……よくよく見ると、ちょっと見た目に引っかかるところがあって、徐々に記憶の糸が整理され始める。
注目したのは黄色い毛に、ふっさりしたしっぽだ。
コロコロしているが、わずかな特徴が、ある夜の怪盗にようやく結びついた。
怪盗フォックス。
「……!」
まさかこれ……タヌキじゃなくって狐……みたいなもの?
なんとまぁ! ちょっと見ない間に変わり果てた姿に!
一時は王都を騒がせたちょっと見蕩れるくらいの美女が、どうしてこうなったのか。
「どの辺がかわいいと思う?」
ニコニコとそう尋ねて来たマリー様に俺は咄嗟に答える。
「このちょっと丸いとこなんか……」
「丸くない!」
すると大層な迫力でタヌキが叫んだ。