鬼頑張る
「いくら何でもあの都市を丸ごと受け止めるとか生物のスケールでは……無理なのでは?」
都市とは言ったが、空から落ちてくるのは巨大な塊と言ってもよい。シャリオのお嬢様はそう言ったが、ツクシの考えは違うらしかった。
「そうか? でっかい岩を受け止めたら割れない。そういうことじゃないか?」
地面にぶつけたら割れる。割りたくなければ受け止めればいい。
いくら何でも大雑把すぎるのでは? と、ニーニャは思った。
普通ならぺちゃりと潰れるイメージしかわかない。
しかしツクシには別のイメージが見えているようだった。
「なんかゆっくり落ちてくるけども、このまま落っこちたら町とか使い物にならないだろう?」
そうツクシは説明する。
確かにいくらゆるかやに見えると言っても、なにせ物が大きい。巨大なものは速く落ちてもゆっくり見えるものだ。
自由落下よりは幾分かマシだとしても、飢えの黄金都市も、地下だって、かなり壊れてしまうだろう。
「よし! こればっかりは手合わせしたことないとわからんな!」
「え? ちょっと勇者様!?」
「大丈夫だ! ダメだったら僕が斬る!」
「斬っちゃダメでしょ!」
ツクシは止める間もなく、飛び出してゆく。
「もう! 仕方がありません! 行きますわよ!」
更にシャリオお嬢様が続くが、ニーニャはどうすべきか頭をひねった。
「どうすんだ? 行っちまったぞ?」
マー坊が、二人がいなくなったのを見計らって言うが、ニーニャも具体的のどうすべきかわからない。
【とにかく……トシを出す?】
全身すっぽり穴に埋まったら、どうやらトシでも動くのは難しいらしい。
ニーニャが、思い付きで地面に魔力を込めると、トシによって散々盛り上がった岩の山が一気に砂になった。
「……ニーニャ。お前いきなりすげぇ事すんのな」
【砂なら出てこられるかなって】
「生き埋めになるんじゃねーかな?」
マー坊が不安になるようなことを言ったが、心配は無用だった。
「グオオオオ!!」
砂塵を巻き上げて、巨大トシが砂から飛び出してくる。
だがそこにはすでに勇者が聖剣を携えて、待ち受けていた。
「おお! こっち来たかトシ!」
トシはツクシに狙いを定めて襲い掛かる。
凶暴化した時動くものに反応する、トシが凶暴化した時の心得だ。
空中で捕まれるところを器用にかわしたツクシは、白く輝き変身した。
「そーらそらトシ! こっちだぞ!」
残像が無数に現れ、トシは片っ端からそれを殴り飛ばしてゆくが当たらない。
そしてツクシはトシを誘導していた。
それはおそらく落下の予測地点にだ。
「ここでもうちょっと引き付けておくぞ!」
ツクシはトシを傷つけないように戦い、時間を稼ぐつもりのようだ。
「まったく……このお友達は傷つけてはいけないんですわよね?」
「そうだぞ!」
追いついたシャリオお嬢様も加わり、どうやら支える作戦はなし崩しに実行することになりそうだった。
勇者とは理不尽だが、必ず有言は実行する。
今回の作戦も万全ならきっと成功するのだろう。
ただニーニャには少しだけ気に入らないことがあった。
「どうしたニーニャ? イライラしてるか?」
【……おびき寄せたりしなくても、頼めばいいと思う】
あのいつも力仕事を買って出てくれる素直な少年の性根が、変身したくらいで変わるとも思えない。
「ああ、なるほど。同僚だもんなあの小僧。まぁ、いい奴だ。あんなに心が透き通ってるやつも珍しい。だが、あのモンスターの時はどうかな?」
【……試してみよう】
ふんと気合を入れたニーニャは、トシを見る。
そして、全力で思念を、トシの頭にたたきつけた。
【トシ! 空から落ちてくるものを受け止めて!】
「!」
ビクリとトシの体が震え、彼は空を見た。
聖都はもうかなり降りてきていた。
トシはツクシも無視して、高く飛び上がる。
「なんだ!」
「飛びましたわよ!」
ありえないほどの大ジャンプの結果、トシは聖都の下部に取りつき吼える。
「グオオオオ!」
ニーニャはとっさに砂を操って、落下予定地点に集めた。
そして着地地点に巨大な坂道を作り出した。
「おお! トシ! やってくれるんだな!」
「なんですの! 理性があるなら暴れないでくださいまし!」
そしてすぐさまツクシとシャリオお嬢様の二人も動き出す。
「よし! 僕もやったるぞ!」
聖剣を掲げたツクシは、聖剣を振りかぶり、進行方向の地面を一閃し、滑走路のように平たく均す。
「トシが暴れてて助かった! 生き物はさすがに逃げてたな!」
狙い通り砂の坂道に落下し、派手に砂塵を巻き上げた。
「グオオオオ!!!」
トシの脚が重量と勢いを受け止め、地面を削るが押し込まれている。
そこでシャリオお嬢様が動いた。
「これなら―――どうです!」
聖都の周囲に三つ巨大な炎の玉が現れた。
それは進行方向とは逆に、激しく炎を吹き出しキュゴッと甲高い音が響いた。
「ヌグググググ……!」
青筋を浮き出させ、炎の推進力を作り出したシャリオお嬢様の魔法にニーニャは驚愕した。
聖都は徐々にスピードを落とす。
本来なら、完全に地面に激突すれば、瓦礫の山になる運命にあった聖都は殆ど原型をとどめた状態で着地した。
「おお! 作戦大成功だな!」
「これは……出来るものなんですのね」
目を輝かせるツクシと、目を丸くするシャリオお嬢様の反応にニーニャは気をよくする。
そして従業員の目覚ましい活躍に満足げに頷いた。