後には引けない時がある
「聖都が……」
ベルジュ君のつぶやきが耳に残る。
当り前の事だが、ここまで来て故郷が崩壊するというのは、耐えがたいだろう。
最初は聖女様を助けるために行動していたはずだった。
しかしベルジュ君は聖都を敵に回したかったわけではない。
聖女様を助けることを何より重視した結果だ。
しかし、ふたを開けてみれば、中にはまだ絶望しか見えていない。
ハッピーエンドが遠のいていく。
足元に穴が開いて、どこまでも落ちていきそうな絶望感はまさにバットエンドの予兆だった。
「……ベルジュ君。震えているのか?」
「……はい。恐ろしいです、ダイキチさん」
「おおぅい……一応秘密だから。その辺は適当に流しておいてくれ」
なんと気づかれていたか。
なんとも鋭いベルジュ君だが、ベルジュ君はそんなことはどうでもよさそうだ。
彼はマフラーの端をきつく握りしめ話す気配がまったくなかった。
「……なにやってんだ? 危ないぞ?」
俺は問う。するとベルジュ君は力を入れすぎて、白くなった手を震わせえて、俺にしがみついてきた。
「うわ! なに!」
「さっきみたいに置いてけぼりは御免であります!」
ベルジュ君は叫ぶ。
「私は邪魔なのかもしれない。でも……連れて行ってほしいであります!」
「いや、だけど危ないから!」
ベルジュ君がこの局面で何かできるとも思えない。
気持ちはあっても、手段がなければもっと悔しい思いをするだけなのは俺もよくわかっていた。
しかしベルジュ君は必死に食い下がった。
「……! 投げて盾に使ってくれても構いません! ……貴方なら、この事態を止めることができるでありますか?」
めちゃくちゃ言うベルジュ君だが、がっちりと俺の首にしがみついたまま、最後は呟くように言った。
俺はため息を吐く。そんなことわかるわけはない。
「さぁ、どうかな? やるだけやってみたいが……ベルジュ君はどうしたい?」
「全部……全部救いたいであります! 聖女様も! 聖剣士のみんなも! 聖都も!」
まったく、勢いだけのセリフはどこまでも強欲で、そして、混じりっ気のない本心だった。
建前すらもはぎ取って、涙を流してそう言ったベルジュ君に俺はヘルメットの下でぽかんと口を開けてしまっていた。
「……驚いた」
「無理なんてことはわかっているでありますよ! でも! 全部失いたくないんであります!」
なりふり構わない、癇癪のような叫びは、かっこいいものではないのかもしれない。
しかし俺はどうしようもなく、此処でそう言ったベルジュ君を捨て置けない。
「いや、気に入ったよ。……そこまで言われたら、俺は置いていけない」
俺は、降ってくる都市と、聖女様を眺めた。
見た限り元から断つのは不可能だ。
そして聖都を浮遊していて、今かろうじて完全崩壊を繋ぎ止めている力を絶つべきではない。
だがかといって聖女様の方は、もはやあれが意識があるのかは疑わしい。
彼女の意識が果たして本当に奪えるのか?
勘だが、ことはそう単純ではない気がした。
だが、一つ完全に力を無力化できる方法を俺は知っている。
俺はベルジュ君を引きはがし、彼の肩に手を置いた。
「じゃあ、覚悟を決めよう。狙いを一つに定めて総取りだ」
俺のパワードスーツの目はきっとにっこり笑っていたことだろう。
嫌な予感でも感じたのか、ベルジュ君は無意識に一歩引く。
「……何をするつもりでありますか?」
「俺だけじゃない、君もやるんだベルジュ君。聖剣だけが聖剣を砕けるんだろ? あの中継器をぶっ壊せば、全部収まり聖女様は止まらざるを得ない」
だがそういうとベルジュ君はそれは不可能だろうと驚いていた。
「私の聖剣は完全に下っ端です! 聖女様の聖剣に太刀打ちできません!」
「そりゃそうだが、材質は同じだろう? このスーツの力で力いっぱいたたき折りに行けば、相打ちくらいには持っていけると思うんだよな」
「……そんなめちゃくちゃな!」
そんなことを言う、ベルジュ君だが、さっきの言動の方がよほどめちゃくちゃだったと言ってやりたかった。
それでもやってみると決められたのは、他ならぬベルジュ君のせいである。
「無茶でも何でもやってみるしかないだろ? 今ある武器は俺のパワードスーツと、ベルジュ君の聖剣しかないんだから」
「……!」
「このまま全部なくなるのを指をくわえてみてるつもりか?」
ベルジュ君は息を飲む。
万全じゃないかもしれないが、いつでも万全に事に臨めるわけじゃない。
今ここで、何もしなければ、なるようにしかならないだけだ。
「……そうですね。それだけは御免であります」
「よし。そう来なくっちゃ。じゃあ準備を始めよう」
「え?」
俺はベルジュ君ににじり寄る、急ぎなので問答無用に準備に取り掛かった。
「よし!」
「……ホントによしでありますか?」
俺はぎゅっとマフラーをしっかりと体に結び付けると、背中からベルジュ君が心底疑わし気な声がした。
「そうだよ? 聖剣の遠隔操作とかできるの?」
「で、できないでありますが……」
「ならやっぱりこれでよしだ。さっきみたいにしっかりしがみついてろよ?」
俺は今、マフラーをおんぶヒモ代わりにして、ベルジュ君を背中に背負い。
その手に彼の聖剣を携えていた。