聖都崩壊
聖女様の周囲に湖の水が集まり、綺麗な球体を形作って、聖女様を完全に包み込む。
「――――――!」
聖女は絶叫する。
人の声とも思えないジェットエンジンのような甲高い声に呼応して、周囲の水球の表面がとげとげしく波打ち、バキッと致命的に嫌な音が空間全体に響き渡る。
音を聞いた瞬間、俺の危機察知センサーは最大限に反応し、全身に鳥肌が立った。
「……あいつ、今なんかやばいことしたよな?」
思わず口に出したが、地面を揺らす振動が秒単位で大きくなってきて、返事を返す者はいない。
そして地面がずれる。
地割れが広がり、床が砕けて、俺達は落下していた。
「―――って落下ってなんだ!」
【そういえばここは空中でした】
どこからかニーニャの注釈が飛んできたが今更と言えば今更だった。
「なにそれ! すごいけど……落ちるぞ! ニーニャ! みんなを頼めるか!」
【!ガッテンショウチ】
どこで覚えたのか気の抜ける思念をニーニャは飛ばしてきた。
底が抜けた床の先は、確かに眼下に雲海が広がっていた。
空中に放り出されるかと覚悟したが、俺は落ちるはずの瓦礫が空中で静止していることに気が付いた。
「なんだ!」
俺は止まった瓦礫に着地した。
「わああああああ! ってぬわーーー!」
そしてとっさに悲鳴が聞こえる方へマフラーを伸ばした。
フィッシュ。一本釣りである。
マフラーで獲ったベルジュ君を自分の乗る瓦礫に引き寄せた。
俺が顔を覗き込むと、マフラーで巻き取られ、ベルジュ君は目がぐるぐる回っていたが怪我はないようだった。
「大丈夫か?」
「……は、はい。ありがとう……ございます」
「一体何が起こった?」
散らばる瓦礫は、蜘蛛の巣のように張り巡らされた、細い糸によって空中に固定されているらしい。
湖の砦地下は完全に破壊されてしまったようだ。
だが破壊はそれだけでは終わらない、今もなお空を見上げれば聖都の礎に破壊の波が広がっていくのが分かった。
「こりゃあ……あいつ、やりやがったな」
俺は犯人を睨みつける。
破壊の中心にいる聖女様の口元は満足そうに弧を描いていた。
湖とやらが、言葉通りの湖ではないのはもはや間違いない。
あの水みたいなものは、聖女様に完全に反応していた。
「あはははは! そうだ壊れてしまえ! 今度こそ世界事この私が壊してやる!」
「……さっそくで悪いけど、ベルジュ君。アレは聖女様の能力なのか? 水を操るとか?」
そう尋ねるとベルジュ君は震えながら首を横に振った。
「い、いえ。私も見たことがないであります……アレは、たぶん、湖の力が暴走している。そんな感じがするであります」
「湖が暴走? そういうのもあるのか?」
「たぶん聖女様に反応しているんであります……」
「勝手に動いてるのか……それでトシを抑えるってすごいな」
「……聖女様」
ベルジュ君はきつく唇を噛んでいた。
彼とて何かしたいとは思っているだろうが、理想通りに希望がかなわない無力さはよくわかる。
「でもまぁ……俺も忠告を鵜呑みにして、じっとしてられんよな」
ツクシは見当たらないし、ベルジュ君は戦力不足。
他のメンバーは、生きてはいるだろうが視界に収まる範囲にはいない。
トシは崩壊と同時に放り出されたらしいが、ニーニャが何とかしてくれると願いたい。
どちらにしても、地上に落ちたのなら、此処まで戻ってくるのは望み薄である。
聖剣で対抗できないなら、まだ見ぬ未知の技術をぶつけてみるしかないだろう。
聖剣はともかく、あの聖女様にどんな攻撃も効果がないわけじゃない。
「まぁやるだけやってみるさ。空を飛べるようにしておけばよかったよ」
『瓦礫をたどって移動しましょう。最短ルートを算出します』
「ああ、頼んだテラさん」
俺は力を溜めて聖女様に狙いを定める。
「待ってください! 僕も……!」
飛び出す直後ベルジュ君の声が聞こえたが、俺は構わず飛び出した。