大吉は到着する
「……あんたなんか動物的な本能が、未来予知の域に達してない?」
「そりゃそうだ。危ないことが起こる前に避けられなきゃ意味がない」
「それはさすがに納得できないわー……それにしてもクラウのやつ。聖女様の封印をまんまと解かれて、何やってんのよ……」
小脇に抱えた聖剣士のククリはとっさにベルジュ君を助けさせたことにずいぶん釈然としない態度だった。
拉致してきた敵に納得してもらおうとは思わないが、その妙な目で見るのはやめてもらいたい。
殺気に敏感じゃなければ、戦場では生き残れないのだ。
しかし俺、大門 大吉は当初とはだいぶんズレてしまった予定に内心頭を抱えていた。
転移ができる聖剣使いに目的地までテレポートさせたところまではまぁ良かった。
移動が専門だけあって本来は入れない場所までスポッと入れてしまえたのも予想以上の成果である。
だが、助けに来た相手が、助けようとした相手に襲い掛かって来たのはちと話の根本からひっくり返ったようなものだ。
現在、聖女様は封印が解けた直後だからなのかまともに動いてはいない。
さっきのは錯乱しただけだと思いたいが、どうにもそうではない気がしてならなかった。
俺は妙に顔色が悪いわりに、殺気だけはそこらのモンスター並みにまき散らす聖女様を見てどうにかできないものかと頭を捻った。
「……聖女様を無理やり攫って状況をリセット、いや、簡単にはいかなさそうだな。なんかラスボス臭がやばい」
とりあえず聖女様は白目をむいて、よくわからないことを呟いている。
意味もなく手を出せば、火傷じゃすまない雰囲気がとどまるところを知らなかった。
「……ふむ。しかし助けに来ておいて、ぶっ飛ばしていいものか?」
ちょっとだけ二の足を踏んだ俺を、小脇に抱えているククリが大きなため息で現実に引き戻した。
「いいわけないでしょ……だから目覚めさせちゃダメだったのよ。聖女様はここで眠らせておくべきだったのに」
切なげなため息とともに呟いたククリは、この現状の経緯を知っているようだった。
「どういうことだ?」
「……見ての通りよ、聖女様は正気を失っているの」
ククリが不本意そうにそう言うと、そこに激しく反応したのは、今まで呆けていたベルジュ君だった。
「な、なぜですか! なんで聖女様が! 貴女達が何かしたんでしょう!」
「別に私たちは何もしちゃいないわよ」
「嘘だ! そうじゃなければ、聖女様があんなことになるはずがない!」
必死にククリの服を掴んでなじるベルジュ君は、一番自分がそう思いたいようだった。
複雑な表情のククリは何かに気が付き、俺達ではない誰かに声をかける。
「ねぇ、もう説明してあげた方がいいんじゃないの? クラウ」
「……ああ、そうだな。しかし何をしているんだククリ?」
「……あんたには言われたくないわ」
震えているベルジュ君の肩を叩いたのは、見知らぬイケメンだった。
一瞬、誰だこいつ? と思ったが事情を知っている風である。
周りも止めないので、俺は空気を読んですぐに攻撃するのはやめておく。
「……簡単なことだ。聖女様は、とうの昔に自分を取り巻く世界に絶望しておられたのだ」
「そんなバカな!」
「事実だ。滅びゆく世界で我々を導く重圧は、聖女様の精神を徐々にすり減らしていた」
「それは……」
思い当たるところがあったらしいベルジュ君は息を飲んで、うつむいた。
俺だって相手が何もしてはいないのに殴り飛ばすようなことはしたくはないが。しかしイケメンが語る事情は割と最悪だった。
「聖女様が最後に行った新世界へと我々を導く儀式は……本来世界を崩壊させるものだったのだ」
「え?」
「聖女様がやりたかったことは、聖都の人間を自分もろとも葬る心中だ。……我らがそれを知ったのはこちらにやってきてからだがな」
その言葉をどこまで信じた物か、俺達には判断する材料がない。
しかし。
「おい! どうするんだ! こいつ危なそうだぞ! ……おお! ロボだ!」
他ならぬツクシがそう叫んだことで、俺は現状がいかに切迫しているかを理解した。
そして聖女様は手に持った剣を掲げると、明らかに真の力とか開放しそうな二メートルほどの装飾過多な剣に変形させていた。
「ああ……許しがたい。この穢れた世界は消えてなくならねばならなかったのに……」
『エネルギーが増大しています。危険です』
「……らしいな、見たらわかる」
これは気合を入れないとすぐ死にそうだと俺は警戒を最大まで引き上げた。