思い出の中のあの人
思い出すのは、聖女様の笑顔だった。
どこまでも優しく、いつも誰かを気遣っているそんな笑顔の聖女様はみんなの希望だった。
「もう少しの辛抱です。必ず道は開けますから」
そんな言葉にどれだけ力づけてもらったことだろう?
希望なんてまるでない世界に、あの方の笑顔だけが唯一の光に思えたものだ。
ベルジュは昔のことを思い出す。
聖女様の側に使えた期間は短かったけれど、聖女様の忙しそうな後ろ姿は今でも忘れない。
華奢な体で、いつもあの方は聖都を駆けまわっていた。
労を惜しまず、身を粉にして聖都のために動く彼女は、まさに聖女だったのだ。
はらりと前髪がひと房落ちる。
「……なにが?」
ベルジュは訳が分からずに目を回していた。
一瞬で聖女様との距離が離れて、ベルジュは尻もちをついた。
もちろんベルジュ自身が何かしたわけじゃない。すべては一瞬のことで、視界がぶち切りに切り替わったとしか、ベルジュにはわからなかった。
今起こったことを並べても、不可解なことが同時に起こったことは疑いない。
「あっぶねー……まさかと思ったが。自分の危機感知センサーを信じて大正解だ」
そして見上げた先には真っ白な鎧を着た、見知らぬ戦士が真っ赤なマフラーをなびかせてベルジュの前に立っていた。
「どういうことだ? 聖女リリン様ってのは、もうちょっと優し気な人を想像していたんだが……」
謎の戦士が口にした疑問は、ゆっくりとベルジュの頭にも浸透してゆく。
ようやく封印を解かれた聖女様が自分に一体何をしたのか?
思考がようやく追いつくが、理解するのを頭が拒絶した。
「いや……でも……あれ? 聖女様」
ベルジュの視線は聖女様を探す。
しかしベルジュは聖女様の顔を見てゾッと寒気が全身を走るのを止められなかった。
見上げる聖女様の表情は、自分の知っているものとは明らかに違っていたからだ。