湖の間
「うひゃああああ!」
「いやっほーう!」
対照的な悲鳴を聞きながら、ベルジュは、穴を落ちてゆく。
そのまま床に衝突したら間違いなくあの世行になりそうな高さを落下しながら歓声を上げる感覚は、一生理解できそうにない。
「よし! そろそろ終わりっぽいぞ!」
「ひゃ、ひゃい!」
いきなり声をかけられ、空中で抱えあげられた。
そしていよいよ見えてきた地面に、ツクシさんはごく普通にスタッと着地した。
一緒に落ちて来た瓦礫はぶつかった瞬間粉々に砕けていたが。
「よし!」
「な、なんで普通に着地できるんでしょうか……」
「うん! 気合!」
それはさすがに納得できないベルジュである。
自分より小さな女の子に抱きかかえられたまま、唖然としていると、ツクシさんはおーと前方を見て妙な声を上げた。
「なんだこれ? 真っ白だな!」
「……ああ、そうか。ここです。ここが湖の間です」
地下の大きな空間には、不自然に真っ白なドーム状の壁が存在している。
「おお、ここか! えい!」
ズドンと、いきなり白い壁をツクシさんは殴りつける。
聖なる壁に突如として見舞われた正拳にベルジュはとっさに慌てた。
「何で殴るんですか!」
「おお? でも手ごたえが変だな」
しかしそれでも白い壁はびくともしない。
この壁は物理的な手段では破壊できないとは聞いていたが、思わぬ形で検証できてしまった。
「オホン……この中には、湖があると言われています。聖剣を生み出す神秘の湖は限られた者しか入ることを許されていません」
ベルジュは懐から鍵を取り出し、それを白い壁に近づける。
すると白い壁が波打ち始め、人一人が通り抜けられるようなトンネルが現れた。
「ここまで来るのに……ずいぶん時間がかかってしまいました」
「よし! いこう!」
「……ちょっと浸っちゃだめでありますか?」
「だめだぞ? だって、ここからが本番だからな!」
「……はい!」
その通りだと、ベルジュは気を引き締める。
トンネルをくぐり、その内部へ足を踏み入れると、壁の中は一面青い世界だった。
青く結晶化した水晶で覆われた床に、ぼんやりと輝く湖が見える。
そして湖の中央には、大きな結晶が浮かんでいた。
ベルジュはその結晶を見上げている人物にすぐに気が付いた。
「お前たちは何者だ? どうやってここに入って来た?」
黒いマントをした長髪の男だった。
振り返った男の顔を、ベルジュは知っていた。
「クラウ様……」
ベルジュは彼の名前を呼ぶ。
三聖騎士の中でも最も力ある聖剣士であり、ベルジュが最も疑念を抱く男である。
「君は、ベルジュか? 死んだと聞いていたが……」
だが、彼以上にベルジュの目を引いたのは、一人の美しい女性だった。
追い求めた彼女は、湖の中央に浮かぶ結晶の中で眠るようにそこにいた。
「あ、ああ……ここにいらしたのでありますね。聖女様」