アドリブ力が試される
「べ、別行動? なぜです? ここは協力して動いた方が」
「……私は、まだ協力するとは決めていない」
ベルジュが固まり、周囲が驚きの表情を浮かべる。
ニーニャさんは俯いていた。
長い前髪で顔は隠れ、彼女の表情はうかがい知ることはできなかった。
しかしそれでもはっきりとニーニャさんは意見を口にした。
「私は私の目でこの聖都を見たい。長い時間はいらない。まだ敵対していないというのなら、出来るはず」
「……それは」
ニーニャさんの言う通り、まだベルジュという人間は警戒されてはいないと、ベルジュは考えていた。
そもそもベルジュ自身に重要視される価値も強さもない。
行方不明の死人に注意を裂くほど、聖都に余裕があるとも思えない。
しかしそれでも、招き入れた助っ人が独自の判断で聖都を動き回るのに問題がないわけではない。
だがシャリオさんは、ニーニャさんの意見に理解を示した。
「まぁ一理ありますわね。ではわたくしはニーニャさんについて……」
そしてむしろニーニャさんについていこうとするが、肝心のニーニャさんはさっと手をかざして断った。
「いえ、シャリオお嬢様はベルジュ君と一緒にいてください」
「えぇー……いやそれではですね、こう、色々と問題がありません? ありますわよね?」
そんなことを言われても、できればついて行ってほしくはなかった。
すると今度はハイッと元気に手を上げて、ツクシさんが名乗り出た。
「じゃあ僕が、ニーニャと一緒だな!」
ただそれも、ニーニャさんはスッと手を上げて断った。
「……いえ、ツクシもベルジュ君と一緒でお願いします」
「ええ!」
「なぜ驚くんですか?」
「なんとなくそっちの方が危ない感じするぞ?」
唇を尖らせてそう言ったツクシさんの言葉に、ニーニャさんの声は若干動揺していたが、それでもやはり単独行動を希望する。
「……ともかく、私は少しの間一人で行動したい。大丈夫。私は全員の位置を把握できる」
「そんな魔法も使えましたの?」
「出来る。湖の砦という場所からあなた達を感じたら、応援に行く」
「しかし、勝手に聖都を出歩かれるのは……何より危険です」
余所者が一人で行動していれば目立つ。
ベルジュが心配すると、ニーニャさんの周囲がぐにゃりと歪みだす。
「大丈夫……身を隠していく」
歪みは徐々に大きくなって、その身体は周囲の景色に呑み込まれて、宙に溶けるように消えてしまった。
「これは!」
何が起こったの変わらずに取り乱したベルジュに、シャリオさんはため息交じりに肩をすくめた。
「魔法ですよ。水の魔法の応用ね。姿を完璧に消すとは見事ですね。うーん、ニーニャさん騎士団にスカウトできないかしら?」
「だめだぞ? ニーニャはダイキチんところの看板娘だからな!」
どこか気軽に話す、二人に思わずベルジュは声を荒げた。
「いいんですか! 止めなくって!?」
「大丈夫でしょう? 見ての通りニーニャさんは魔法を器用に使いますからね」
「大丈夫だぞ。ニーニャはただ者じゃないからな!」
シャリオとツクシは二人して縦にコクリと頷いていたが、ベルジュはそれはそれで心配だった。
一方隠れ家を出たニーニャとマー坊はひとまず分離して話をしていた。
黒い塊になってニーニャの体を飛び出したマー坊は、どこか不機嫌そうなニーニャの周りをふわふわ漂う。
「よしよし。まぁこれで一人歩きはできんじゃねぇか? どったニーニャ?」
【……聞いてなかった】
怒っているらしいニーニャの顔色は悪く、かなりいっぱいいっぱいだったことがうかがえる。
そしてそれは最初からマーボーにはわかっていたようだった。
「言ってねぇもの。ははは! 協力しねぇって言った時のお前の顔は笑えたな! 案外表情に出る! だから前髪伸ばしてんのか?」
【……!】
「ハブ!」
バチコンと、両手で叩き潰された暗い塊が、あっという間に元に戻った。
「だから潰すんじゃねぇ! 必要だったろうが!」
叩き潰されて怒るマー坊だったがプイっと顔をそむけたニーニャは呟いた。
【なんか感じが悪かった……】
「都合がいいだろそんなもん。計画通り呼び出さないと、あいつがへそを曲げるぞ」
だが当初の目的通りに事が運んだのは間違いない。
お互い怒りを収めたニーニャとマー坊は、二人で適当な建物の隙間に目をつける。
「お、ここなんかいいんじゃねーか?」
【程よい広さ】
そして周囲に何もいないことを確認して、黒い触手を伸ばした。
触手は建物の隙間に薄い幕を張り、壁を擬態する。
あっと言う間に出来上がった空間に、二人は体を滑りこませた。