シャリオ様参戦
「ところで今回はニーニャさんも参加されると聞いたのだけれど、本当なのかしら?」
いきなりよくわからないことを質問してきたシャリオお嬢様の視線はちらちらニーニャに向いている。
ニーナはコクリと頷き返事をした。
「そうです。参加します」
「えぇ! 貴女! 普通にしゃべれましたの! あの頭に響くの声はどうしましたの!」
すごい驚いているシャリオお嬢様に、困り顔のニーニャはたどたどしく答えた。
「……頑張った。でもしんどい」
「そうなの? 今回は潜入が目的ということだし。頑張ってできるのならそうなさい。まぁそれはともかく……貴女、あの笛はまだ持っていらっしゃる?」
そしてどういうわけか本当に唐突にソワソワしているシャリオお嬢様は妙な質問をしていた。
笛で思いつくのは、非常時のためにニーニャに持たせている、ホイッスルの事だろう。
あれは思い切り吹き鳴らすと、テラさんに連絡が行き、俺が強制的にホイッスルの場所まで転移できる小型のポータルのようなものだ。
しかし緊急用のため、俺の体に大きな負担がかかる。
ピンチに駆けつけるあたりとてもヒーローっぽいが多用出来る代物でもなかった。
ニーニャはごそごそと首からかけたホイッスルを取り出して見せる。
「……これ?」
「そうそれです!……オホン。もしよろしければ、その笛であなたの護衛を引き受けてもよろしくってよ?」
このお嬢様、強引である。
それにしても、まだ本気であのホイッスルを狙っていたようだ。
ちょっとだけ内心冷や汗をかいていると、ニーニャがというか、マー坊が予想外の返事を返していた。
「……うーんどうしよう」
いやお前、悩むことなどないだろ。断れ。
何を当り前の事をもったいぶっているのかと思っていたが、マー坊は喋り慣れて来たのかやたら、今度はやたらはっきり言った。
「いいよ」
「いいんですのね!」
ガシッとニーニャの手を掴むシャリオお嬢様の目は本気である。
本体のニーニャは明らかに困っていた。
これは冗談だったなんて言いだしたら、めんどくさくなりそうだったが声担当のマー坊はひるまない。
「大丈夫、この笛、もう古いし」
「……古いですって?」
「うん。最近モデルチェンジしたので」
そう言って、首にかけていた今回の作戦用ホイッスルを取り出して見せたのだ。
ちなみに前回のホイッスルがシルバーで、今回はゴールドだった。
まさかの二つめを目撃して、シャリオお嬢様の表情が強張った。
「その笛、新しく更新されますの!?」
「こないだ不具合が出たので、二代目です」
「なんということでしょう……」
あの黒いの、シャリオお嬢様を翻弄していやがる。
やはりマー坊、伊達に元魔王ではないらしい。
そして突然の交渉は、出発前にすることでもない。
オホンと咳払いしたヒルデ副長は容赦なく交渉を打ち切った。
「交渉は道すがらお願いします。では、ベルジュさん? 以上が貴方に王都が貸し与える戦力です」
そしてここからが本題だった。
改めてベルジュ君にそう念を押すと、彼は厳しい表情を作って、感謝の言葉を口にする。
「はい。ご温情痛み入ります」
「感謝は不要です。こちらの都合もありますので。貴方は自分の考えうる最良の結果を出すことに集中してください」
「……はい!」
「では、私はこれで。後はお願いいたします、シャリオ様」
「ええ、よくってよ。ではベルジュでよろしいかしら? その聖都とやらまでどの程度かかるのでしょう? よろしければこの馬車も貸し出しましょうか」
自分の乗ってきた馬車を使うかとシャリオお嬢様はベルジュに問うが、彼はいいえとその申し出を断った。
「いえ、その必要はないであります。聖都に戻るならば、聖剣の力で一瞬でありますよ」
「……よく意味が分からないのだけれど?」
少なくとも、簡単に耳に届くような場所に聖都なんて場所は存在しない。
シャリオお嬢様が困った顔で問い返すが、えーっとと、ベルジュはどう答えたものかと頭をかいた。
「こればかりは見せた方が早いでありますね。では……」
そう言って、自分の剣を抜いた。
ただし俺達の方ではなく誰もいない方を向いて目を瞑り、一度深呼吸。
ベルジュ君は遠くにささやきかけるように言葉を紡いだ。
「聖剣よ。我らが故郷への道を示せ!」
そして一太刀、虚空を裂いた。
一瞬何をしたのかわからなかったが、何もないところに光る軌道が現れ、ぽっかりと丸く口を開ける。
「ホラこのように!」
ベルジュ君が聖剣で作り出したのは入り口だった。
そして彼の言葉通りなら、おそらくはこの光の円の奥に聖都はあるらしい。
「……!」
こいつは予想外だった。
ベルジュの聖剣でさえ、テレポートみたいなことができるのか。
今の話を聞くと、帰り限定らしいがそれでも十分すごい。
俺はこっそりごくりと喉を鳴らす。
聖都とは本当に恐るべき場所のようだった。