聖女様
「おお! 任せと……むぐ!」
「返事が早い」
即答しかけたツクシの口をふさぎ、俺は尋ねた。
「主を救う? それはいったいどういうことなんだ? リリン様ってそもそも誰なんだ?」
「……リリン様は、聖都を治めていらした方です。かつて元の世界は……原因不明の天変地異で、滅びかけていました。そんな時に僕らを導いてくださったのが聖女リリン様でした」
ベルジュ君はリリン様について、元の世界にいた経緯を含めて語りだす。
リリン様を語るベルジュ君は、嬉しそうに頬は緩み、目は潤んでいた。
「リリン様は自らの持つ強大な聖剣の力で我ら全員の聖剣の力を束ね、古い世界を捨て、新しい新世界を目指す道を示してくださいました。その結果、聖都はこの新世界へやって来たのです」
「それはすごいな。自分達の力で国丸ごと、この世界に来たって?」
それが本当なら、聖剣ってやつは相当強力な力を秘めているらしい。
俺も異世界転移について調べたが、王都の呼び出す魔法でさえ偶然の要素が強く、狙ってこちらの世界に来た存在も今のところは出会っていない。
ベルジュ君は誇らしげに答えた。
「はい! その通りです! 実際に僕らはこの世界にやってきています!」
「でも、何か起きたんだな?」
やっと潜り抜けた国難だったが、それでめでたしめでたし……とはならなかったからベルジュはここにいる。
ベルジュ君は先ほどのきらきらした表情から一転して、しゅんと肩を落としていた。
「……はい、その通りです。聖女様には彼女の身を守る最上位の聖剣士が3人いました。
しかし彼らは国の転移という奇跡を成し遂げられた聖女様を封印し、事実上聖都に君臨したのです」
「うわ……クーデターかな?」
「おそらく……その時何が起こったのか私は知りません。しかし彼らは奇跡により疲弊されたリリン様を、やむなく封印したと説明したきり何もしようとはしないのです。私はリリン様の身の回りのお世話をしていたのですが、私以外も皆締め出されてしまいました。なにか……おかしいのです」
「なるほどね」
ベルジュはリリン様に近しい仕事をしていたのだろう。
だからこそ違和感を持っている。そして三人の聖剣士が、なにかよからぬことを企んでいるとベルジュ君は考えているわけだ。
「でもそんなすさまじい聖女様に何かが起こったんだったら、適当な助っ人くらいじゃどうにもならないんじゃないか?」
聞いたところによると、かなりヤバい状況である。
ここでツクシが軽はずみに手伝いますよとでも言えば、ツクシの勇者という立場上、事を荒立てるだけ荒立てそうだった。
「聖女様さえ……聖女様さえお目ざめになられれば、事態は好転するはずなのです! どうか、力をお貸しください……勇者ツクシ様」
祈るように、ベルジュは手を組み、その場に伏した。
個人的には助けたいが、これは断るべきかもしれない。
「しかし、ツクシはこれでも救国の英雄だ、そんなのを引っ張り出して今以上に悪くなっても困る」
どう考えてもベルジュ君の頼みは個人の範疇を超えていた。
だがそれは普通の考え方だった。
口をふさいだツクシにチラリと視線を向けると拳を握り締めている。
俺の押さえた手には荒い鼻息がかかり。どうみてもツクシはやる気だ。
そしてこのツクシは、王都の国家権力でも止められない唯一の個人だった。
俺は迷いのないツクシをうらやましく思いながら、ツクシの口からソッと手を放す。
とりあえず俺は自分以外に判断をゆだねることにした。
「……今聞いたことは副長のヒルデさんにもう一回相談だな。くれぐれも、夜中に一人で城壁を突破して助けに行かないように」
「えー」
ツクシがとんでもなく嫌そうな顔をしていた。
こいつはどうやらやるつもりだったようだ。
「また一緒に行こうダイキチ! この間の鬼退治のように!」
「殴りこんで、助けられるか?」
「うぬ? ダメかな?」
「ぶっ飛ばせないとは言わんけど。どうなるかわからんね」
とりあえずベルジュ君だって病み上がりである。この場は解散ということにして誰かに相談にでも行こうと思っていると、話を遮るようにコンコンと部屋の扉がノックされた。
「はい?」
お客でも来て、トシが呼びに来たのかもしれない。
そう思い部屋の扉を開けると、そこには軍服姿に新撰組の羽織をつけた、目つきのきつい美女が立っていた。
俺はヒクリと口元を痙攣させ、彼女の名前を呼ぶ。
「ヒルデさん? なぜここに?」
「そろそろ話を終えたころかと思いまして。いいではないですか聖女救出。私は止めはしませんよ?」
「は?」
そしていつもクールな副官は登場早々冗談なのか本気なのかわからないことを言い出した。