緊急事態にて
メタルリザードがニーニャを睨み、ニーニャがホイッスルを口にくわえる。
一体何をするつもりなのか、俺にはわかってしまった。
幸い、誰一人俺に注目している人間はいない。
それでも安心できない俺は、マー坊の入った金魚鉢をその場に置いて、少しでも距離を置くべく移動を開始する。
あと何秒あるか。出来る限り身を隠さないと……。
大慌てで周囲を探すと、地面にいい感じにすっぽりと入れる穴を発見して飛び込んでいた。
ヒュオ。
ニーニャは思い切り息を吸い込んで、ホイッスルを吹き鳴らす。
ピリリリリー!!!!
脳みそにまで音が響いて、俺はビクリと身をすくませた。
『店員に緊急事態発生。パワードスーツの強制転送、及び、強制ショートワープを実行します。なお、ショートワープの安全性は完全に保証されるものではありません』
「最後の注意、それニーニャに説明するの忘れてたな……」
チッカチッカと腕輪が赤く光るのは転送五秒前である。
三秒前からカウントダウン。
『3、2、1……転送』
「うぐ!」
グンニャリと視界が曲がる。
そして次の瞬間、パワードスーツで完全武装した俺は、空に放り出された。
「ぬお!」
放り出された真下にはきらきら光るメタルリザードの頭があった。
「テラさん! フルパワーだ!」
『了解』
俺はメタルリザードの脳天に狙いを定め、最大に落下の速度を利用して、右拳を振り下ろす。
雷撃が迸り、メタルリザードの脳天に突き刺さった拳はすさまじい轟音を立ててメタルリザードの頭を地面にめり込ませていた。
「……ふぅ」
派手な土埃の中で、完全に動かなくなったメタルリザードを確認して、俺は一息ついた。
『ショートワープ完了。後日内臓等に異常があるようならお知らせください』
「何それこわ。ショートワープの危険って内臓ずれたりする感じ?」
本当にあんまり使わないようにしよう。そう思った。
ともかくいきなりだったが何とかなった。
しかしなんとも綺麗に決まったものだった。
顔を上げると、大量の点になってしまった視線が俺を見ている。
そしておお!っと妙に感激しているニーニャと視線がバッチリあった。
「ああ! 貴方様は!」
そして俺に気が付いたらしいシャリオお嬢様の声も聞こえた。
言いたいことはあったが、しかしこれだけの目があると、迂闊なことを言うのはいかがなものか?
なぜならば俺は今ヒーローだからである。
俺はただ無言でビッと親指を立てて見せると、ニーニャもまたご満悦で親指を立てた。
さらば!
シュバっと目にもとまらぬ速さで素早く上空へ逃れ、空中を蹴って移動。
騎士団のどよめきを聞きながらその場を後にして、どよめきが収まる前に戻ってくるのはなかなか大変だった。
俺は面倒な手順を終えて急いで戻って来たのだが、そんなことには誰も気が付かない。
しかし帰ってくると、どうにもそこでは可笑しな光景が広がっていた。
ニーニャがシャリオお嬢様に詰め寄られている。
だが、別に詰問されているというわけでもなく、むしろ取り乱しているのはシャリオお嬢様の方で、ニーニャは終始どや顔だった。
「ああああ、あのニーニャさん? さっきのあれは一体?」
【ホイッスル。危ない時に吹くとヒーローが助けに来てくれる】
「! ど、どこでそんなものを!」
【……ある時、助けてもらって、貰った」
「そんなバカな! わたくしは貰っていないのに!」
【……子供限定だから?】
「そんな限定条件が!? ……わかりましたニーニャさん? ならばそれを譲っていただけないかしら? そうすれば、騎士団がいつでも防犯上の相談に乗りましょう」
【……結構です】
「なんでです!? どうしてもダメ?」
【どうしても】
「そこを何とかなりませんの?」
【ならない】
「い、いくらなら譲ってくれます?」
【NO】
取りつく島もなく断固として拒否するニーニャと、もどかしそうに食下がるシャリオお嬢様を騎士団達はおろおろしながら遠巻きにしている。
「……何やってんだあの人達」
でもまぁさっきの無茶がばれなかっただけでもよかったのだろう。
俺はほっと胸をなでおろして、とりあえずメタルリザードの食べられそうな部分を見繕ってみることにした。