ニーニャの切り札
「いたたたた……わたくしとしたことが」
猛烈に燃えているシャリオお嬢様は頭を振りながらも、何とか立ち上がっていた。
メタルリザードの尾は軽くシャリオお嬢様をはたいただけだったようだ。
戦闘が始まってしまえば戦力外とみなされる俺は戦闘を少し離れた場所に避難して見ていた。
遠目から見た感じ、シャリオお嬢様の攻撃がまったく効果がなかったわけではないようだった。
怯んだからこそ尾の攻撃は浅かった。
熱い鍋にうっかり手を触れてしまったかのような反応では、重い攻撃にはならない。
騎士団の隊員は、シャリオお嬢様がやられてから慌ただしく動き始めていた。
メタルリザードを、数人で取り囲み、それぞれ魔法でけん制している。
何人かは剣を片手にメタルリザードに襲い掛かっていたようだったが、誰一人としてメタルリザードの金属の皮膚を貫通できるものはいなかった。
「下がりなさい! あの鱗は多勢でどうにかなる物ではありません!」
シャリオお嬢様が叫ぶが、メタルリザードは容赦なく長い尾で、周囲の兵士を薙ぎ払う。
「うわぁ!」
騎士の一人が尾の直撃コースだったが、それを遮ったのは地面から突如突き出した巨大な岩の槍だった。
ガツンと大きな音がして、槍は粉々に砕けたが、メタルリザードの尾も弾かれている。
手を突き出したニーニャは、それを見て唇を噛んだ。
続いて、彼女周囲から無数の氷の槍が飛び出すが、メタルリザードの尾の一振りは、飛んでくる槍を一薙ぎで叩き壊した。
「うーむ。強いな。メタルリザード」
「当然だ。そんじょそこらのモンスターを改造するわけないだろ? 文字通り身を削る」
「そういうこと口に出しちゃうから、しょっちゅうニーニャに叩き潰されるんだぞ? でもあの防御力はやばいな。マー坊が協力しないとどうしようもなくないか?」
ニーニャの魔法が強力であるのは間違いない。
しかし肉弾戦という意味では他より特別秀でているというわけではない。
魔法が無力化されるのなら、ニーニャ自身の攻撃力はたぶんシャリオお嬢様を下回る。
物理攻撃を得意とするのは、この魔王の成れの果ての黒いぶよぶよだった。
その不定形の体を好きなように変化させ、繰りだす変幻自在の物理攻撃の威力なら、メタルリザードの鱗でも貫けるかもしれない。
しかしマー坊は、いいやとため息を吐いた。
「今回は俺様は手を貸さなくっていいってよ。何か秘策があるようだぜ?」
「秘策?」
俺はそんな話は聞いていないとニーニャを探すと、彼女はモンスターを取り囲む兵士達をかき分けて、先頭に出た。
【任せて……】
思念が放たれ、頭に響くその声にはすごく自信がみなぎっていた。
しかし今見た感じだと、質量を頼みにした、いわゆる効きそうな魔法は無力化されていた気がする。
少なくとも俺には更なる切り札の心当たりはなかった。
「そ、そんなに自信があるのか?」
「さぁ。どうだろうな」
そっけなく返事をしたマー坊は、何をするつもりなのかうっすらわかっているようだった。
体勢を立て直し、駆けつけて来たシャリオお嬢様もそんなニーニャの様子を見て方針を変更したようだった。
「不覚をとりました……任せてよろしいんですわよね?」
尋ねるシャリオお嬢様にニーニャは長い前髪の頭をコクリと頷かせた。
メタルリザードはニーニャの姿をその目に映して、瞳孔を細める。
ただ者ではないことを感じたのか、舌を出しシーと警戒を出し始めたメタルリザードは完全にニーニャを仕留めにかかっていた。
周囲の騎士団は、小さな女の子が自分達が手も足も出ない巨大モンスターと対峙する光景を見て固唾を飲んでいる。
シャリオお嬢様は、何かを見極めようと真剣な表情だった。
だが俺はそんな場面でニーニャがもぞもぞと首からかけていた物を服の中から出したのが見えてぎょっとしていた。
「あ、あれは」
そしてニーニャがこちらをちらりと見た。
この局面でニーニャが取り出したものは、高い音が鳴るホイッスルで―――俺が彼女に渡したものだった。