メタルリザード討伐
話が来てから次の日、俺達は騎士団の面々と共にモンスター討伐へ向かうことになった。
ちなみにトシは留守番である。
よって今回の俺達のメンバーは俺とニーニャのみとなった。
本日は近場ということもあって、徒歩での移動となっている。
まぁ正式な招待を受けたのは厳密にはニーニャだけなわけで、完全武装のシャリオ様始めとする、騎士団の面々から俺達はかなり浮いていた。
「ダイキチ……貴方までついてくることはありませんのよ?」
「そういうわけにはいきませんよ。これでも彼女の保護者なもので」
俺はキリッと真剣な表情を浮かべ、シャリオお嬢様は渋面を作った。
そんな理由で無理やりモンスター討伐にくっついてきた俺は、丸いガラスの金魚鉢をニーニャの傍らで持っている。
中には黒い液体が入っていた。
「なんですのその汚いガラスは?」
「異世界製品で……ほんのり暖かいんですが。使いますか?」
「……結構です」
炎を操るシャリオお嬢様に、この手のアイテムはいらないだろうという閃きだったが、うまくいったようだ。
この金魚鉢の中身はもちろんそんなものじゃない。
俺はシャリオお嬢様の注意がそれたのを見計らって、金魚鉢に話しかけた。
「……どうだマー坊? このまま行けそうか?」
そう尋ねた俺に、ガラスをわずかに振るわせて返事が返って来た。
「最初はイラっとしたが……案外いいなこれ。すっぽり感が癖になりそうだ」
「……そうかい?」
中に入っている黒いのこそ魔王その人だった。
今回は魔王案件ということもあって、アドバイザーとして意見を聞けるよう工夫したというわけだ。
ひとまず金魚鉢のおさまりは良さそうである。
目的地はとある高原で、到着までの間シャリオ様は直々にニーニャに質問していた。
「ところでニーニャさん。貴女、本当に魔法を全属性使えますの?」
半信半疑のようで、言葉尻には信じ切れていないニュアンスがある。
ただニーニャもニーニャで、前提とした情報を持っていないようだった。
【私はあなた達の使う魔法に疎い。少し説明してもらっていい?】
厳密にいえば、同種の人間というわけでもないニーニャがそう尋ねると、シャリオお嬢様は若干驚いていたようだった。
「ああ、そうですわね。いいわ、軽くですがわたくし達の使う魔法を説明しておきましょうか」
【お願いします】
「ええ。わたくし達貴族は体内にある魔力という力を使い、魔法という現象を引き起こします。魔力が体内にあり、発現する能力があれば魔法を行使できるのです。まず幼少期は肉体の延長である肉体強化などの無属性の魔法を使い、成長に伴って属性を得て、属性魔法へと至るのです」
【どうやって属性を得るの?】
「それは個人の資質ですわ。ある日突然使えるようになります。無属性から属性に目覚めない者もいますし、多い者は2つ程度でしょうか。わたくしは炎の属性に強い適性がありますの」
シャリオお嬢様の説明は俺も聞いたことがあった。
そして、無属性の魔法すら持ち合わせない者もいるのです。
悲しい。
シャリオお嬢様の説明を聞いたニーニャはこくんと一回頷いた。
【わかった。ありがとう。貴女のいう属性というモノと同じものなのかわからないけれど、私は火以外にも水や、風なんかを操ることはできる】
「本当ですのね……ならばいいですわ。戦力として数えられるのなら言うことはありません。まぁわたくしが全て片付けてしまいますから、魔法の事ならじかに見て学ぶとよろしいですわ!」
【わかった……】
素直に頷くニーニャに、シャリオお嬢様は満足げだった。
ただ自信満々のシャリオお嬢様だが、俺は今回の相手を考えると楽観はできないだろうと踏んでいた。
「ふむ、しかし魔王の眷属は魔法が効かないのは有名な話だ。そこのところどう思います? マー坊さん」
「……そうだなぁ。相手によるとしか言えねぇなぁ」
ぼんやりと俺にだけわかる声で呟くマー坊。
確かにそれは言えている。
モンスターと言っても多種多様だ。どんな相手かによっては取れる戦術もある。
そして目的のモンスターの目撃情報を頼りに現地を捜索すると、高原には巨大な黒い蜥蜴が、我が物で眠っていた。
「これはまた大物ですわね……蜥蜴とは不愉快な」
シャリオお嬢様はモンスターを目にした瞬間、忌々し気に舌打ちして持っていた槍を突きつけた。
「ではわたくしがまず行きましょうか」
そして彼女は燃え上がる。
シャリオお嬢様の身体が熱で赤く光りを帯び始めると、彼女の異常な熱を感知して蜥蜴は動き出した。
身体は金属のような光沢をもつオオトカゲは若干黒くいぶした銀のような体を震わせて身を起こす。
俺はとっさに射程外に避難して身をひそめた。
「メタルリザードか。皮膚が金属のモンスターだ。マー坊、結局さ? 魔法を封じる絡繰りってどんなもんなんだ?」
そう尋ねるとマー坊は、シャリオお嬢様の方を見て言った。
「簡単なことさ。あのお嬢ちゃんと同じことが俺が憑りついた生物の周囲じゃ起こってんの」
「どういうこと?」
「つまり、今お前さんがあのお嬢ちゃんに触れたら一瞬で燃え尽きるのに、その中心にいるはずのお嬢ちゃんは何の影響もないだろう?」
「ああ、確かに」
俺はポンと手を叩く。
確かに、あれだけの炎のなら温度も相当だろうに、シャリオお嬢様は完全にそれを無効化していた。
「魔王が本気で憑りついた生物は、魔法を元の魔力に戻す表皮を手に入れんのさ。だから、魔法が効かない。どんなバカみたいな威力でもだ」
俺はマー坊の説明を聞いて、魔法を濾すフィルターのようなものを思い浮かべていた。
「……なら、シャリオお嬢様の魔法は無意味なのか?」
「いいや。無意味ではない。言ったろう? 仕掛けは表皮にある」
そんなセリフを聞いていた時、シャリオお嬢様は火の玉と化して、メタルリザードへと突っ込んでいった。
肉体強化を施しているらしいシャリオお嬢様は素晴らしいスピードだった。
切っ先に炎を集中し、貫通力を上げた一撃は相当の威力がある。
「ああ、それはつまり―――」
「そうさ、つまりそれをぶち破って切れ目をつくれりゃ、中を焼ける。問題はその攻撃力があの嬢ちゃんにあるかってことさ」
シャリオお嬢様の槍は、ガキンとメタルリザードの固い金属の鱗に完全に止められていた。
「……っく!」
そのとたん痛烈な尾の一撃でシャリオお嬢様は吹っ飛んだ。
「……まぁ。相手金属だもんな」
「まぁ相手が悪い」
「「「「シャリオ様~~~!!!」」」」
一緒についてきていた騎士団員が声をそろえて叫んでいるあたり、こういうのは案外よくある事なんかもしれなかった。