何のことはない朝のひと時
俺、大門 大吉は王都にて、店にいた。
今は早朝……とはいえこの店はずいぶん早い時間に来客がある。
俺は、自分とニーニャの朝食用のミルクリゾットを焚きこみながら、最初の来客を待っていた。
本日外から聞こえてくるのは馬の嘶きで、俺は気持ち身だしなみを整える。
「……シャリオお嬢様かな?」
ぽつりと呟いたその直後、赤い縦巻きロールの軍人女性が店の正面から堂々と入ってきた。
シミ一つない上質の軍服は、貴族の証。
本日もシャリオお嬢様は入ってくるだけで、そのあふれ出る貴族オーラで店内の格が一つ上がった気がした。
俺はカウンター越しに、お客様でありオーナーでもある彼女に最大の敬意を払って頭を下げる。
「いらっしゃいませ。お嬢様」
「ごきげんよう。店は開いているかしら?」
「もちろんでございます……。お嬢様なら、いついかなる時でも歓迎させていただきます」
「よくってよ。……ところでここは食事ができるのではなかったかしら?」
「はいございます。用意しましょうか?」
「では何か軽く食べられるものをお願いできますか?」
この店はカウンターでお客様の要望を聞き、カフェスペースと接客スペースどちらかに案内することになっている。
ここはお嬢様だし、接客スペースに案内すべきかと考えていたが、食事がしたいというのならちょっと考えなければならない。
本日のお嬢様はどうにも少し元気がないらしい。
よく見れば、いつもは完ぺきに仕上げている縦ロールに若干の乱れがあるのはかなり珍しい。
食事というのもなるべく早く食べられるものの方がよさそうだ。
「……お嬢様ひょっとしてですが、お疲れですか?」
思い切って尋ねてみると、シャリオお嬢様の眉間にわずかにしわが寄る。
「……そうね。昨日はフレアリザードの群れが出て、一晩中討伐でした。少々疲れはあるかもしれないわね。不敵材不適所もいいところでしたから」
なるほど徹夜明けですか。
そういうことならカフェスペースへ。
だいぶんちょうど良い料理が、完成したところだった。
「了解しました。それでは何か消化によいものを用意しましょう」
「助かるわ……」
俺特製ミルクリゾットは、ミルクのまろやかな風味に、ほんのちょっぴりスパイスを利かせた、寝起きにも優しい逸品である。
これならば、徹夜明けの荒れた胃にも優しく、お嬢様に活力を与えられるに違いない。
俺はミルクのリゾットを出してみると、シャリオお嬢様はよほどお腹が空いていたのか、あっという間に一皿食べ終えてしまった。
ちょっと優雅さに欠けたが、おかげでロールに艶が戻った気がしたので、体力回復に役立てられたのなら幸いだ。
口元をふき取り、シャリオお嬢様からはお褒めの言葉をいただいた。
「うん、おいしい。……貴方本当に料理がうまかったのね。実際食べてみるまでは信じがたかったわ」
「……ありがとうございます。それで本日はどのようなご用件でしょうか?」
そしてお嬢様のお腹も落ち着いたところで、俺は本題を切り出した。
何も任務帰りの早朝から、用事もなくやってくるわけがないと思っていたが、お嬢様はきょとんとして、困り顔の唇から困惑の言葉が漏れた。
「特にありません。しいて言うなら近くを通りかかったからでしょうか? お料理の噂も耳にしていましたからね」
「それならば、前もって言っていただけましたら、もう少し手の込んだものをご用意できましたのに」
意味がくみ取れなかった俺にお嬢様は首を横に振り言い放った。
「並ぶのが嫌だからよ。最近繁盛しているのでしょう? ほかに客がいなければ、堂々とこうして座って話もできますしね」
「そうですか……」
シャリオお嬢様はよく配慮してくださるが、ちょっぴり発想が突飛なお方だった。
そして食事を食べ終えても、特に席を立つ様子はみじんもない。
「……食後のコーヒーはいかがですか?」
長くなりそうだと、俺はちょっといつもと違うキャラ作りを強化して、この瞬間腰を据えた。