起動
秘密基地から出て、俺達は移動用の荷車に積まれた箱を見上げていた。
箱を見たリッキーは怪訝な表情を浮かべ、こう言った。
「ここって町はずれのゴミ捨て場だろ? 箱に詰めてまで隠す意味はあるのだろうか?」
「あったりまえだろ? 人に見られたらどうするんだよ?」
「誰も見ちゃいないよ。それに見られたっていいんじゃない?」
「わかってないな。こういうのは秘密にしているから―――」
ドドン!!
しょうもない雑談を遮って地面が震えた。
俺達はビクリと身をすくませ、顔を見合わせる。
「なんだいったい!」
「……あ、あれ!」
そしてリッキーが指さした先がおかしいのは俺だって一目でわかった。
「な、なにあれ……」
「あれは……」
今まさに向かおうとしていた森が、赤く燃え上がっている。
さっきまで雲一つなく青天だった空が黒煙で染まっていた。
煙の発生源の森からは赤々と燃え盛る炎が見え、すさまじい勢いの炎だと遠目からでも見て取れる。
ああいうとんでもない現象を起こす心当たりは、俺にはいくつか記憶にあった。
「なんか……すごいモンスターでも出たかな?」
「……すごすぎない!?」
「そりゃあ……すごいモンスターだったら火ぐらい吐くだろう?」
事実、過去見たことのあるモンスターにはもっととんでもない火力の化け物がいた。
リッキーにはあまりなじみがないようで、今から行く場所だっただけに顔色が蒼白だった。
「何基準? いやドッカンって爆発したらいきなり空が真っ赤になったよ!? あれはやばいって! さすがに逃げよう!」
確かに俺も一瞬火山が噴火したかと思ったくらいだ。
地球にいる頃なら、しっぽを巻いて逃げ出しただろう。
「よし……まずはせめて何があったのか確認してこう。望遠鏡なら持ってきた」
「なにそれ!? まずはって何!?」
俺は取り出した望遠鏡で燃える森を見ると、ちらちらと揺れる巨大な影を見つける。
森の上空で翼を広げて飛ぶその姿を一目見て、俺にはピンとくるものがあった。
「あ、あれは、ドラゴンってやつか……」
「はぁ!? ドラゴンだって!?」
リッキーが声を上げるのも無理はない。
ドラゴンはこちらの世界でも悪い意味で有名である。
高ランクのモンスターで、天災とも呼ぶべき強さを持つ生物だ。
こちらの世界の人間はドラゴンと聞けば普通なら逃げ出す。
一方で物語では勇者の冒険譚に花を添える悪役であり、騎士や冒険者にはいつかは討伐したい憧れの存在ともいうべき、災禍の権化だ。
俺はブルリと震えた。
今までの俺が前に立っただけでも死ぬ相手なのは間違いない。
だが相手がモンスターだというのなら逃げ出すわけにはいかなかった。
「……よし」
取り乱すリッキーに俺はニヤリと笑って見せ、そして気合を入れて言った。
「さぁ予定通り起動実験だ!」
「えぇ! なんでドラゴンを見てそんな結論になったの!?」
涙目のリッキーだったが、やらねばならない。
これはチャンスだと俺の中の何かが全力で叫んでいたからだ。
こうも全力で叫ばれては足を止めてはいられない。
「そりゃそうだろ! ……リッキー、もし俺が負けたらわき目もふらず逃げてくれ」
「……そうさせてもらうよ! ドラゴンなんかと戦ったら骨も残らないぞ。まったく……」
「その時は大いに笑ってくれていい。 家のテーブルの下に秘蔵のボトルが置いてある! その時は全部飲んでよし!」
「……そいつは断るね。どうせなら、生きて帰って打ち上げで開けよう」
俺達は拳を一度ぶつけ合い、大急ぎでスーツの起動実験の準備をし始めた。
この瞬間に俺達の獲物、記念すべき一発目はドラゴンに決まったわけだ。
「いそげいそげいそげ……!」
「わかってる……わかってるから……!」
ガチャガチャと外部装甲が装着されてゆく。
思いのほか着ることが大変なのは今後の課題とメモしておこう。
「よし……外部装甲取付終了!」
「ヘルメット……兜とって!」
「はいこれ!」
俺は慌てて手渡されるヘルメットをかぶる。
リッキーの気配が離れると、耳元からテラさんの音声が聞こえてきた。
『音声は聞こえますか?』
「ああ! 聞こえてる! 各部起動確認! 計器に問題なし! リッキー! 外から見た感じどうだ?」
「え? っと問題ないように見えるけど、この兜なんで目が付いてるの?」
「外から中の状態が一目でわかるように表示が変わる! 死にそうだったら白目をむくから気を付けてくれ! まぁ遊び心だ! 結構かわいいだろ?」
『動作正常。メインパワーに切り替えます。作業員は退避してください』
振動が徐々に強くなっていた。これは動力の音なのか俺の心臓の音なのか。
ただ血が激流になって巡っているのは、俺もスーツも同じ気がした。
「リッキー……いよいよだ!」
「よし! がんばれ!」
「おう!」
返事をすると背中のメインパワーから電力が供給され、スーツが本格的に唸りをあげた。
各部に力が行き渡り、その目に電光の光が灯る。
ブゥイーンと振動が伝わった時点で俺のテンションも限界値を超えていた。
せめて一目完全体のパワードスーツの姿を外から拝みたかったが、今回は我慢しよう。
それが我慢できるくらいには、初陣の高揚は全身を駆け巡っている。
『起動します』
最初にテラさんの声を聴いた瞬間、俺は立ち上がる。
「来た来た来た来た!」
俺は叫ぶ。
本格的に動き出したスーツから漏れ出る光はひときわ強さを増して、俺を鼓舞しているようだ。
最後に俺はしっかりと白いマフラーを巻いて気合を入れた。
スーツの力はどれくらいのものか……俺はぺろりと乾いた唇を舐め、前だけを見つめる。
そして全力で足に力を込めて、とにかく前に飛ぼうと踏み出したが―――。
「うお!」
俺は一瞬パニックになった。
気が付くとえぐれた地面にひっくり返っていたが、身体は何ともない。
どうやら予想外の加速でバランスを崩したらしい。
注意喚起するテラさんの声が耳元で響いた。
『落ち着いてください。慣れるまでは慎重にいきましょう』
「お、おう。ちょっと驚いただけだ」
『急ぎましょう。ドラゴンは比較的危険なモンスターです』
俺はどうやらドラゴンを知っている風のテラさんに尋ねた。
「知っているのか? テラさん」
『はい。初戦の相手としては悪くないでしょう』
「ほほう……言うね」
『当然です。しょせんは羽の生えたトカゲ。多少火を吐く程度で我々のテクノロジーの敵ではありません。後付けの装甲はわかりかねますが』
なんて言ってくるテラさんはここに来て何より頼もしく感じた。
「いいね! ……そうでなくっちゃ!」
俺は改めて立ち上がり、今度こそドラゴン目掛けて駆け出した。
体が恐ろしく軽い。
少し力を込めただけで、まるで風のように体は地面を走る。
森に到達し、木々が流れる道となり、炎の壁もアッという間に突き抜けて、俺は戦場の真ん中に飛び込んだ。
「……!」
そして空を見上げると、渦巻く炎の中に巨大な生物は飛んでいた。