検証結果
俺、大門 大吉は本日の最終ラウンドが始まった鐘が聞こえた気がした。サンドワームの襲撃を一瞬で撃退したトシは、そこから様子が一変した。
「ぐっ……グググ……」
様子がおかしいトシに俺は大声で呼びかけた。
「トシ! 大丈夫か! どうなった!」
少しでも情報が欲しい。
トシは俺の声に反応して、声を絞り出す。
「生臭い……臭い……、赤色……頭、白く……」
サンドワームの体液が降り注ぐ中、苦しそうに胸を押さえて蹲る。
全身の血管が浮き出して、脈打っているのが遠目からでも見えた。
『心拍と体温が急上昇しています。体の体積が急激に増大しているようです』
「……見ればわかる」
どんどんどんどんでかくなる。
着ていた服は完全に破れ、肌の色さえ変化して、額の角は一本でも力強く天を衝く。
最初からちゃんと観察していると、それは完全に別物に変身していた。
「……ちょっとうらやましい」
『感想がずれていますマスター。なぜこうなったかが本題です』
「そうだった。それを考えるのが今回の目的だった。でもいきなりスイッチ入ったぞ?」
今までトシは確かに戦いの中で興奮はしていた。
しかしモンスターが乱入したことで、一瞬だが水を差された形にはなっていた。
一撃で倒したのだから、歯ごたえがある相手だったというわけでもないのだろう。
『サンドワームを倒したことがきっかけではありました』
「それに、変身間際のセリフ……やっぱこのサンドワームの体液が原因か?」
俺が思いつきを口にすると、テラさんも肯定した。
『可能性はあります。血液を流す多くの場合、生物にとっては危機的状況です。興奮状態に血の匂いをかぐこと。それが変身のきっかけである可能性があります』
変身の最後のスイッチは、この辺りにありそうだ。
俺はふっと笑い、手を一度叩いた。
「なるほど……よし! トシには今後傷テープと鼻栓は首下げの袋に携帯するように言っておこう!」
『大丈夫でしょうかそれで?』
「基本戦わないようにするのが大前提だ。あとは怪我にさえ気を付けていたら、変身の可能性はグイッと下がるはずだ。はい! 解決だな! わかったのならもういいよね! 帰ろう!」
まとめてみたが、テラさんは容赦なく俺の逃避を許さなかった。
『マスター。理解しているとは思いますが―――』
「……ああ、わかってるよ。こっからが本番だよな」
ちょっとだけ、ほんのちょっぴりだけ心に休憩が欲しかっただけだ。
トシの変身が終わりを迎えていた。
その姿は忍者の里で大暴れした化け物そのもので、血走った眼を俺に向けている。
ゴロゴロと喉を鳴らす巨大化トシを足もとから見上げていると、体の震えがブルリとやってくる。
もう折れかけのやる気を支えているだけの俺に、テラさんは言う。
『変身が始まった時点から、タイマーをセットしています。ここまで来たら、変身の限界時間も記録すべきだと思うのですがどうでしょう?』
「……! ああやってやるとも! 何時間でもな!」
どうやらこの最終ラウンドは長丁場になりそうだ。
「グオオオオ!」
その咆哮は、それだけで暴力だった。
さっきまでの殴り合いなどただの準備運動だった。
そんなことは開始十秒ですぐさま思い知らされた。
はっと気が付くと、俺はかろうじて呼吸を再開したところだった。
「…………ガッハ! ハァ、ハァ、ハァ……俺、まだ生きてる?」
『生還おめでとうございます』
無我夢中で戦っていた。
地面に叩きつけられること数十回。
蹴っ飛ばされること三回。
踏みつぶされること一回。
パワードスーツはとにかく丈夫で、本当にこれがなきゃやっていられない。
とそんなことを考えていた記憶はかろうじてあったが、どうにもそこからの記憶が曖昧だった。
「……」
どうやら俺にも極限状態を過ぎると、無我夢中で戦う生存本能みたいなものが存在していたようだった。
周囲の岩場が更地になって、地面がいくつもえぐれていた。
太陽はずいぶん傾き。
トシは白目をむいて穴の中に横たわっていた。
これは俺の意地が勝利したのだと、確信した瞬間である。
「やった! 俺……死んでないぞ!」
『パワードスーツの耐久テストにもなったようです。記録をライブラリーに保存しておきます」
思わず両手を突き上げ涙ぐむ俺の叫びに、淡々と答えたのはテラさんだ。
『変身継続時間、おおよそ一時間です。お疲れさまでした』
「……一時間? 嘘だろ? 丸一日くらい戦ってなかった?」
『一時間です』
「……そっか」
何か言おうと気が抜けた瞬間、全身の骨という骨がきしんで悲鳴を上げた。
カタカタと、壊れかけたおもちゃのように震えた俺は、ばたりと倒れる。
しばらく空を見ていたが、恐る恐る俺を覗き込むリッキーとシルナークの顔を最後に俺の意識は完全に暗転した。