ハッピーな日々
「……転送」
『了解しました』
俺はパワードスーツを身に纏い、周囲の確認をする。
岩場だらけの荒野に俺達はいた。
俺達以外の人の姿はなく基地の転移装置をくぐって、俺達はここにやって来た。
『南西五百キロの地点です。このポータルはかつての基地職員が設置したもので、基地機能の回復に伴いましてポータルの再認識、正常な動作を確認しました』
俺は準備体操を念入りにしながら、テラさんの話を聞いていた。
「そっかー。助かった助かったー。町の近くで大暴れってわけにもいかないからなぁ」
なるべく軽い声でそう言うと、テラさんは淡々と確認した。
『本当にやるのですか?』
「……もちろんやるとも」
『救援を頼んだ方がよいのでは? 責任というのなら勇者ツクシにも協力を仰げるのでは?』
それは俺も考えたが、いくつかの理由で断念した。
「いや、王都の近くじゃいくら何でも面倒すぎる。ツクシが絡むとトシの力が全部ばれるしな。それに……転移装置をツクシに教えるのは……なんかやだ」
『そんなことを言っている場合なのでしょうか?』
安全を重視するなら確かにツクシを巻き込んだ方がいいのかもしれない.
だが俺にも特にパワードスーツや基地に関しては譲れない部分がある。
「これは……俺の存在意義に関わる重要な一線だ」
『了解しました』
納得したとはいいがたかったが、テラさんも一応承服する。
そして最後の意思確認も本人にしておいた。
もちろん向かい合っているのは、角のある少年トシである。
「じゃあトシ。今から何をするかわかってるか?」
ひょっとしてなんとなく来たんじゃないかと思っていた俺だがトシはちゃんとわかっていた。
「オレ変身した記憶ない。変身の仕方、わからない」
今から変身方法を確認することを本人が分かっていれば問題ない。
そして本人は変身後の記憶が曖昧なのはこちらも把握済みだった。
不安そうなトシに俺は頷いた。
「ふむ。じゃあやっぱり試してみるしかないな」
しかしトシはそれでも不安そうで、俺の腕を掴む。
「……大丈夫か? ダイキチ?」
「大丈夫だとも」
「ダイキチ、死なないか?」
いやまぁホントのところ怪しいが、俺はヘルメットでニカっと笑って見せた。
「いいかトシ? 俺達はたぶんこことは別の世界からやって来た。元の世界に帰してもやれないが、一緒に生活する以上仲良くやりたいと思ってる」
トシは首を傾げた。
「……なかよく」
「そう、仲良く。そのための第一歩だ。変身体質とうまく付き合う糸口をつかむぞ。そしてハッピーな毎日を過ごすのだ」
「……はっぴー!」
「そう! ハッピー!」
これは穴掘り名人トシを始めるために必要なことだ。
少なくとも変身する条件さえ知っておけば、リスクを管理することはできる。
鉱山街で変身し、暴走でもしたら大変なことになるのは目に見えているだろう。
あの状態のトシははっきり言ってドラゴン以上に厄介なモンスターである。
本当なら人里からだって離れるべきかもしれない。しかし俺は他所の世界からやって来た時の心細さも、弱すぎる事と強すぎる事との違いはあれど、環境になじめないつらさを知っている。
俺がトシの肩を叩くと。トシの表情は見る見るうちに輝いた。
「オレやる!」
「その意気だ」
『ではこのブレスレットをトシさんに』
俺はテラさんから渡されていた金色のブレスレットをトシへと手渡した。
『それは体調の変化をモニタリングするために使います。手首に装着してください』
「おおー」
しばらくトシはキラキラな腕輪を嬉しそうに眺めて、右腕につけたのを確認する。
これで準備は完了である。
後は俺が意地を張り通せばいい。
俺はトシから距離を取って、一度だけ深く深呼吸。
不安をごまかし、トシを振り返った。
「……さぁ始めようか」
「いくぞぉぉぉ!」
トシは頷き、気合の雄たけびを上げる。
その声量はすさまじく、びりびりとスーツが振動し、同時に野獣のような迫力が俺にたたきつけられた。