穴掘りマスター
リッキーの工房を訪ねると、そこにはなぜかリッキーの他にエルフのシルナークが座っていた。
「ちーす。こんちはリッキー」
「あ、行方不明の男だ」
「おお、行方不明の男ではないか」
「行方不明、行方不明言うんじゃない。っていうか、なんで居るんだシルナーク?」
珍しいこともあるもんだと思って訪ねたのだが、本人たちにすればなんでもない事のようだった。
「素材の取引だ。リッキーはお得意様なんでな」
「シルナークは布地とか皮とか思ってもみないようなものを持ってるんだよね」
なるほど確かに鍛冶職人のリッキーは鎧も沢山作るし、シルナークは服の素材が専門で鎧には皮や布だって使われている。
実際俺もシルナークには大いに世話になっていた。
「ああ、パワードスーツ作る時も謎素材のインナーとか作ってたもんな。アレどうやって手に入れてるんだ?」
「そこは企業秘密というやつだ」
ふふんと鼻を鳴らしたシルナークは色々と秘密がありそうだったが、全貌を明かすつもりは欠片もなさそうだった。
シルナークの秘密の素材も気になるのは気になるが、今日のところは置いておく。
それよりも自分がここに来た本題を思い出して、俺はリッキーに尋ねた。
「まぁいいか。それより今日は聞きたいことがあったんだ。なぁリッキー。家に角の生えた子供がいるんだけど、最近やたらドワーフさん達に慕われているんだが、何か心当たりない?」
「角の生えた子供? ああ! トシさんか! そりゃそうだよ! 穴掘りマスタートシさんだよね?」
するとなんだかすごく面白そうな称号が一緒に出てきて、変な顔になったのは俺とシルナークだった。
「穴掘りマスター? 何それ初めて聞いた」
「私も知らないな」
「ええ……知らないの? あーそうか。二人はドワーフじゃないもんね。忘れてたよ」
「忘れないでよ? え? なんなのその穴掘りマスターって?」
そんな称号初めて聞いたのだが、リッキーはそんな基本的なことを尋ねるのか? みたいな変な顔をして、改めて説明してくれた。
「穴掘りマスターは……そのまんまだよ。穴掘りがすごい人の事。ドワーフってほら。地下の一族だからさ。大地に関係してることって並々ならないこだわりがあるんだよね」
「ああ、やっぱそういうのあるんだ」
「ふむ。ドワーフ達の大地信仰みたいなものはかなり歴史がある。一昔前は地下で生活しているものも珍しくはなかった」
確かに鉱山で働いていれば、そんな印象はたびたび受けることがあった。
だから鉱山夫は一目置かれているし、鉱石を扱う鍛冶職で名人と呼ばれれば尊敬される。
リッキーもまたその一人だった。
「そうそう。穴掘り上手は貧乏知らずって言ってね、そりゃあもう尊敬されるのさ。トシさんは君がいなくなった時に突然現れてね、君を助けようと右往左往していたドワーフ達に協力を申し出たのさ。ちなみにボクも協力した」
「お、おう。ありがとう」
「僕らは地下にトンネルを掘ってみることになったんだけど……トシさんは最初の一日目、素人同然だった。でも二日目からは他のドワーフと何ら変わらない働きをするようになって、三日目には誰も彼についていけなくなった」
「ふむふむ」
「四日目からは新たな魔石の鉱脈を発見し、五日目には彼の力はドワーフが百人いてもかなわないって、あのダン親方が認めたほどになったのさ。あの穴掘り技術は、専門じゃない僕でも目を見張ったもの。そりゃあ誰だってさん付けしたくもなるってものだよ」
「あれ? 途中から俺の救出関係なくなってない?」
「……気のせいじゃない? まぁそういうわけで一目置かれた穴掘りマスタートシは、僕らドワーフの伝説になったというわけさなのさ」
うんうん頷き、リッキーにさえ後半は熱が入っていた。
ちょっと字面で甘く見ていたが、穴掘りマスターとはそれだけの敬意を払う称号だということか。
「知らなかった。穴掘りマスターか……ちなみに俺も穴掘り得意なんだけど、レベルはどんなもん?」
「えー身の程知らず。その辺のドワーフ以下じゃないかダイキチは」
「……」
「いや、人間でその辺のドワーフにも匹敵できるなら大したものなんだからな?」
シルナークが気を使ってくれるが、いや俺だってちゃんとわきまえているとも。
まぁ確かに。ドワーフが一人だって穴掘って勝てる気はしない。
しかしドワーフ百人分? トシはいったいどれほど腕を上げたというのだろうか? ちょっとじっくり観察してみる必要がありそうだった。
「……そうか。なんか、ずいぶんこの短い間に色々あったみたいだなぁ」
思わず呟くと、あきれ顔の二人の視線が俺に突き刺さる。
「そりゃあ……行方不明者が出れば色々あるさ。山の霧も大事件だったしさ?」
「ドワーフ達の目の前で消えたそうじゃないか。心配をかけるのもほどほどにしておけよ行方不明者」
「……その節は大変申し訳なかった。ありがとうございます」
良かれと思って頑張ったんだけれどもね。
しかしつまり俺が岩山で修行に励んでいた間、トシは鉱山街の方で、がっつり受け入れられたということなのか。
ここは鉱山の町だけあってドワーフ達がとても多い。よって彼らが認めればだいたいOKみたいなところがある。
となれば、ちょっと俺の方も考えなければならないことが出てきたようだった。
俺はおもむろに立ち上がり、深々とため息を吐いた。
「どうしたのダイキチ?」
「なんだ? トイレか?」
俺を困惑した顔で見つめるリッキーとシルナークに、俺は今一大決心をして宣言する。
「俺……ちょっとトシと手合わせしてくる」
そう言うと、やっぱり二人は目を点にしていた。