知らぬ間に来た嵐
俺、大門 大吉は過酷な修行の日々から生還し、日常へと復帰した。
秘密基地のテーブルにて、今俺はそれを噛みしめていた。
「ハグハグハグハグ……」
巨大なおにぎりを平らげ、お茶を飲み終えた俺は体の中の熱が肉体を活性化してゆくのを感じていた。
「ああ……満たされるってこういうことか」
仲間達が用意してくれた温かい食事は、それだけで俺の心を満たしてくれる。
ああ、俺はいらない子なんかじゃなかった。
一時の気の迷いで、おかしなトラウマなんぞで悩んでいた自分を殴り飛ばしたい気分である。
「ありがとう……色々あったが。これから心機一転頑張るよ!」
俺は立ち上がり、今まで同様余計なことなんて考えないで、ひたすら目標に向かって邁進しようと宣言する。
心の底から出た笑顔は、きっと本物だと俺は確信した。
バン!
「んん?」
【てんちょ……座って】
強めにテーブルをたたいたニーニャは心なしか涙目な気がした。
「ど、どうしたニーニャ」
【……いいたいことがある】
「え? いやそんなに改まらなくってもなんだって……」
【なんでてんちょはすぐいなくなるの!】
「―――!」
思念が頭の中にたたきつけられて、俺はなんとなく床に正座になった。
しかし今一ニーニャが何を言いたいのかわからないでいると、ボコりと黒い球体が現れた。
「いやな、今回はお前が悪い。旅行に行ったと思ったら、今度は行方不明だろう? 店は開店したばかりで従業員は実質こいつだけだ」
「それはゴメン。しかし……ニーニャは俺がいる時以上に盛り立ててくれていてだな」
俺としてはまだまだゆっくり進めるつもりだったのだが、この溢れる商才は俺の想像を超えていたとも言える。
しかし現実は思っていたのとちょっと違ったようだった。
「そりゃあ、あの勇者の副長と貴族連中の仕業だからな? だが考えてもみろよ? あのめちゃくちゃな店を簡単に素人が回せるわけがない……」
【……ちゃんとやれる!】
大慌てで真っ赤な顔のニーニャからバチンと叩き潰されるマー坊だが、確かに悪いのは俺だった。
「……いや本当に申し訳ない」
【てんちょは悪くない。でもすぐどっか行くのはダメ】
「わかりました……」
俺は頷く、どうやらニーニャにもかなりの負担をかけていたようだ。
反省した俺だったがニーニャの本題はこれからだった。
彼女は頷き、そして大量のメモ書きを俺の目の前に置いた。
「ん?」
【ではてんちょ……これを】
差し出されたのは、大量の数字が書かれた束だった。
俺はゴクリと喉を鳴らす。
「……これは?」
恐る恐る尋ねると。足りない情報を補足したのはテラさんだ。
スピーカーから聞こえる淡々とした声に俺は思わず背筋を正す。
『マスターがいない間の売り上げの控えです』
その紙束の量は旅の間と行方不明に期間を鑑みても相当なものだった。
「……こんなに売れたの?」
この質問には、力強く頷くニーニャである。
心なしか前髪の奥の瞳は、やってやったぜと得意そうだった。
『詳しい内容はマスターも把握しておいてください。バッテリーもかなり販売しましたが、その結果、電化製品の需要が追いついていません。仕入れや、私の方では不可能な工作などもありますので対応お願いします』
「え? あ、うん」
【それと、副長さん勇者さんから食事のメニューの品数を増やしてほしいと頼まれてます】
更にニーニャ側からも要望を出されて、俺の血の気が引いて行く。
「え? そ、そうなの?」
そして泥まみれの姿で秘密基地の奥からとっとこ駆けて来たトシは、泥まみれの何かを俺の顔にぐいぐい押し付けてくる。
「だいきち、これ掘った。見ろ」
「うん。すごいな……」
こいつは本格的に余計なことを考えている暇はないのかもしれない。
嬉しい悲鳴と言えるのだが、さてどうなるやら。
俺は今日も異世界に試されていた。