そしてその時はやって来た
「あぁ……みんな心配してるかな」
でも忙しくってそれどころじゃないかな?
なんて過酷な状況に、秘密基地や店のことを思い出す時間が増えてきた。
『ああてんちょ……いなかったんですか? 知りませんでした』
『……もうちょっと寝てていい』
『何の問題もありませんでした』
想像上の店員達の些細な言葉が胸をえぐったが、きっとそんなことないない。
ネガティブなことなんて考えていても仕方がないので、俺は一層修行に身を入れた。
実際やりがいはあって瞑想の時間が増えると、体の力が充実してゆくのが分かるのだ。
ああ確かに、これは空腹でも大丈夫そうだ。
むしろ頭は冷たく研ぎ澄まされて、体も余計なものがそぎ落とされていつも以上によく動くだろう。
本題を聞き出してから、ソンの口は重い。
そして俺も、本格的にソンの言う、戦の時に備えていた。
「……いかん集中集中」
時間も忘れて修行に没頭していると、ゆらりと立ち眩みのような違和感で俺は現実に引き戻された。
「……なんだ?」
不意に寒気がして、産毛が逆立っていた。
俺は目を開けると、ソンもいつも座っている岩の上で立ち上がっているのが見えた。
彼の視線は空の上に向いていて、一切瞬きせずに一点を睨んでいる。
空気が一気に張りつめて、それは今までの異常事態の中でもどこか緩んだ雰囲気とはまったく違っていた。
「……来たか!」
ソンは鋭く口に出し、空がいびつに歪んだのを俺は見た。
「うぃ!」
空の歪みはどんどん大きくなり、ぽっかりと開いた暗闇の中から何かがこちらを覗いている。
それは巨大なしゃれこうべにも見えた。
「……がしゃどくろ?」
俺は思わず引きながら呟く。
確かそんな妖怪がいたはずだ。しかし浮世絵なんかのそれよりも、出て来た化け物はゴージャスだった。
「気を抜くなよ! 出てくるぞ!」
「出てくる?」
ソンの言う通り、現れたものはどこまでもでたらめだった。
空に開いた黒い穴から腕が六本ぬるりと出てきて、無理やり穴の淵を掴み、広げてゆく。
その姿が徐々に穴から出てくると、厳かな光を発した巨体が徐々にはっきりしてきた。
黄金色にメタリックな輝きを放つ三面六臂の骸骨が、空の穴から落ちてくる。
一つの頭につき、目が三つあった。 そしてソンの顔を見るなり、その全ての目から血の涙を流し、全身の隙間という隙間から黒い炎を吹き出した。
「―――アアアアアアア!!!」
笑っているような咆哮からは死の予感しかしない。
修羅場をくぐっていなければ、腰を抜かしていてもおかしくはなかった。
でかさはまるで怪獣である。地面に降り立った髑髏は敵意をむき出しにして、周囲の霧を吹き飛ばした。
「何あれすげぇ怖い! ……あれのどこが生き物だ! どう見たって妖怪の類じゃん!」
「はっはっはっは! 確かにな! あれは生き物というにはあまりにもおぞましい!」
そして大声で笑うソンが愉快そうなのとは裏腹に、恐ろしい闘志を燃やしているのが今ならわかる。
修行の成果である。
彼の身体から、とても人間とは思えない途方もない力があふれだしていた。
「……うわ。危険なことだけわかって、手出しできる気がしないぞ。これは、生存優先だな……」
「そうしろ! ここから先はお前にかまう余裕はない!」
俺が後退し、ソンが待ち構える中、黄金髑髏は右手三本の腕をハエ叩きみたいに振り下ろした。