修行してみた
「少しだけ……コツを掴んできたかな?」
今日で三日目、暇さえあれば集中を繰り返していると、未知の感覚にもピントが合うようになってきた。
腹式呼吸で空気を取り込み、可能な限り時間をかけて吐き出す。
意識して力を取り込もうと意識していると最初は、異物が紛れ込んでくる感覚に不快感があったが、時間がたつにつれて不快感は和らいでいった。
それはまるで空気の中に身体が解けてゆくようで、五感がどこまでも薄く広く広がってゆくような不思議な瞑想を体感する。
疲労感はまだあるが、最初ほどひどくはない。
それにわずかだが、体にも変化がある気がした。
「なんだろうな……山の上はすごく寒いはずなのに、心なしか暖かい気がする。座っているのに、筋肉が熱を持ってるみたいな。筋肉喜んでる?」
「さぁなぁ。聞いてみればどうだ?」
「馬鹿なこと言ってんじゃないよ」
「いやいや、続けると筋肉がしゃべりだす奴もいるらしいぞ?」
「……嘘だろ?」
「嘘だ」
「……」
集中しながら馬鹿な言い合いができるようになったのはよかったのか悪かったのか。
しかしソンが岩場の上からあまり動かない訳も、ここに来てわかるようになっていた。
「その場所……さては中々いい場所なんじゃないか?」
尋ねてみると、ソンは自分の座っている岩を叩いて頷いた。
「その通り。力がここに集中しているのがわかったか。 当然修行の効率もいい。機会があれば試してみるがいい」
「今貸してくれよ」
「だめだ。ここはわしの場所だ」
「うわ……そういう主張、久しぶりに聞いたなぁ」
この仙人、子供みたいな主張をし始めた。
そして断固としてそこを動く気はないようで、目まで閉じ始めた。
「うぬぬ。そこまで貸したくないか……まぁいいけどさ」
そろそろ食料を確保しにいかないと今日の食べ物がなくなってしまう。
俺はいったん集中を切り、立ち上がる。
「どうした? もう終わりか?」
「ああ、そろそろ狩りに行かないと腹減るし」
当然ストックなどないわけで、備蓄は必要だった。
だがソンはふふんと鼻を鳴らし言う。
「集中力が足らんな。空腹を忘れるほど集中せんと、宙に浮くこともできんぞ?」
「浮く? そんなわけないだろ?」
さっき騙されたばかりで、同じようなジョークはハードルが高い。
集中するだけでそんなことができるなら飛行機などいらんという話だ。
しかし、俺が振り向くと、座っていたソンの尻はふわふわと岩から離れて浮いていた。
「……浮いてるー」
「まぁ仙人だからな」
ソンはそう言ってこちらを小ばかにするように笑っていた。
「……」
俺は元の場所に戻る。
本日の狩りは中止したが、尻も宙には浮かなかった。
俺は打ちひしがれつつ、舐めるとしょっぱい岩を舐めた。