サバイバル
カンと投げたナイフが蛇の頭を切り落とし、仕留める。
「よし! 食料確保!」
俺は狩りの成功を喜び、拳を握り締めた。
突然のサバイバルで危険なところに行くことになってもナイフ一本あればできることが広がる。
ビビビっと蛇の皮をはぎ、捌いたとことで、はたと俺は気が付いてしまった。
「……この岩山。木が少ない……生かぁ。いや、できればそのままはやめときたいんだけどなぁ」
そう呟くと、ぼっと何もないところに炎が灯った。
「おお!」
「使え」
どうやら燃える炎はソンが出したもののようである。
火まで出せるとは便利な。
これはぜひとも俺もやってみたかった。
「これもまさか仙術!? なら俺も……」
なんとなく手をかざして、火ーと念じてみる。
残念だが全く変化はなかったが……。
「……だめか」
がっかりしながらナイフに刺した蛇をあぶり、かじり始めた俺を見て、ソンは感心したように唸っていた。
「慣れているんだな」
「まぁね。でも岩山はさすがにつらいな。食えるものが少ない」
これでもサバイバルには自信があったのだが、この岩山が、住むのに向いているとは思えない。
植物はまばらにしか存在せず岩の隙間に生えた背の低い物ばかりで燃料にも食用にもなりそうになかった。生き物自体も少なく、探して見つけたのはこの蛇と蜥蜴とサソリが何匹かくらいだった。
閉ざされた中に野生動物か、最悪モンスターでもいてくれなければ、飢え死ぬ可能性すらある。
ただでさえ霧がかかって視界も悪いのに、こいつはハードなサバイバルになりそうだ。
そう言うと、ソンは大きな樽を一つひょいと担いで持ってきて俺のそばに置いた。
「水だ。本当ならわしは水も必要ないのでな。全部飲んでしまってかまわない」
「本当に? じゃあなんで買ったんだよ?」
単純に疑問に思って訪ねるとソンは自分の髭をいじりながら答えた。
「何も口にしないのは、やはり色々と鈍るからな」
「そんなもんか。じゃあ酒は?」
「それは単純に好きだからだ」
「そうなのか……」
なにか仙人ならではのすごい理由があるのかと思いきや、そうでもなかったらしい。
そのまま火のそばに座り込んだ彼は瓶から酒を飲み、炎を眺めながら呟いた。
「そういえば……わしもこんな風に山に入って修行をした時期があったな」
「お? そうなの?」
俺が話に乗ると、ソンはじっと炎を見つめたまま、ただただ懐かしそうに口を開く。
「ああ。山籠もりは修行にいい。そうだった、そうだった。今度獲物を探す時は、生き物の色を意識して探してみるとよい。狩りの効率が上がる」
「ああ、そういえば、生き物からもなんか出てたな」
この色というのは、それぞれ立ち上る靄の事だろう。
確かに生きているものは少し違うし、意識して集中すればこの岩山でなら獲物の位置を判別できるかもしれない。
「食べる時、呼吸する時、生きていることすべてが修行になる」
ソンはなんだか深いことを言っていたし、参考にはなるが、この苦境は全部こいつのせいでなければ素直に感心できたかもしれない。
苦笑いする俺にソンは、また一口酒を飲み、気持ちよくなってきたのか語り口も滑らかになって来た。
「……わしの元居た世界ではな。仙人へとたどり着くために多くのものが武術を極めようとしていた。わしもそうだ。むしろわしは誰よりも力だけを追い求めていた」
「どうしたソンさん。急に?」
「まぁ聞け。仙人は元々は不老不死を求めた先にあるものでな、学問に近いもんだったらしいが……そのうち外から力を得る術が見いだされたことで変化が起きた。その術は感覚的なもので、心身ともに鍛え上げることで不老不死に到達する可能性があったからだ。結果誰もが肉体を極めることに傾倒していったわけだ。それにちょうどよかったのが武術だったのだろう」
「どういうこと?」
今一つながりがはっきりせずに聞き返した俺に、ソンはにやりと笑う。
「何、難しい話じゃない。そりゃあ、効率もよかったんだろうが、体を鍛えているうちに、そっちの方が楽しくなっちまったんだろう! 馬鹿な話だ!」
笑うソンは上機嫌だった。
「いやいや、そんな大雑把にまとめんでも」
「いや、実際馬鹿なんだ! 世界中で寝ても覚めても殴り合いの日々だぞ? はたから見ていれば痛々しいことこの上ない。しかしだ……これがやってみると案外楽しい!」
「えー……」
「拳を極めてやるのだと、皆理想を追い求めていた。ひたすら鍛えて、役立つと聞けば何でもやってみた。山籠もりはその中でも中々だ」
「へぇ」
「そうだな……楽しかったのだ。充実していた」
何か懐かしいものを滲ませているソンは、昔を再確認しているようですらある。
ただ俺にしても、強さにこだわっている点では、共感できる部分もあった。
「そうか。武術の世界か。わからないでもないのかな」
動物的な強さを追い求めるのは生き残るために残された本能なのかもしれない。
世界を超えてもこの手の話があるのは今となっては驚きも少なかった。
だが同意すると、ソンは炎から顔を上げて俺を見た。
「そうだろう? ただ、ふとむなしくなることもある。わしは力だけを求めていたが、今こうしていることが、昔からの理想かと問われれば、首をかしげる」
「……」
「理想というなら、もう少し穏やかな物でもいいはずだ。見たところ、お前さんは間違いなくそっちに目を向けた方が向いている」
そう指摘されて、ちょっと刺さるものはあった。
だが俺は小さく首を振り、逆に問い返していた。
「……なんでそんなことが分かるんだ?」
「なに。ここに一人突っ込んできたことがその証だ。誰かのために無茶をする馬鹿は好かれる。そういうのを穏やかに生きる素質があるというんだろうとわしは思う」
「……」
あんたにはそういう相手はいなかったのかと尋ねかけやめる。
蛇を食べ終え、腹に物が入った俺はとりあえず座禅を組んでみることにした。