シャリオお嬢様の初陣
危険なドラゴンが接近しているという情報がもたらされたのは、冒険者ギルドからだった。
ドラゴンとは普段は自分のテリトリーから出てこず、遭遇すること事態稀なモンスターではあったが、ひとたび暴れだせば街を滅ぼした事例もある強大な存在だった。
そんなドラゴンが今まで目撃情報のなかった森で目撃されている時点で、危険度は一気に跳ね上がる。
その時点で鉱山街の町長がパニックになっても何ら不思議はない。
そして王都からたまたまやって来ていた騎士団に泣きつくこともまた、理解できない話ではなかった。
「それではよろしくお願い申しあげます!」
「……わかっています。そちらも補給物資の件お忘れなきように」
「はは! 心得ております!」
ドワーフの町長の家から出た二人組は自分達の馬車に乗り込むと、まずため息を吐いていた。
「……まったく。降りかかる火の粉くらい自分で払ってほしいものですわね」
「シャリオお嬢様。それはいささか無謀というものです。ドラゴンなど天災級のモンスターですよ。空を飛び、弓矢程度では傷一つもつけられません」
「……わかっています。だけどねジャン。実はわたくし、そう悪い気はしていないのよ。ちょうどいいとは思わない? 本番前の前準備としては」
赤い巻き毛の美女シャリオはジャンと呼んだ自分の執事に向かって、ほほ笑んだ。
だがジャンはシャリオの言葉を聞いてわずかながら表情をゆがめていた。
「御冗談を。命を落としかねませんよ」
「そうね……だけど、命もかけない戦場なんて、戦場ではないでしょう?」
ドラゴンの討伐願いは本来彼女たちの役割ではない。
王都でシャリオの率いる騎士団に命じられたのは、ある情報の調査と偵察だった。
「それに必ずしも無関係ではないはずよ。このタイミングでドラゴンが人里に現れるなんて不自然だもの。戦っておくことに意味はあるわ」
「……それは確かにそうでしょう」
今回のドラゴンは調査対象のモンスターと関係している。
一度戦ってみて、どの程度の脅威であるのか知ることは十分益になるのは間違いなかった。
「まぁそのドラゴンが現れたという森はずいぶん広いようだから探すのは骨でしょうけどね」
「そうです。冒険者の報告によるとドラゴンは手負いであるようです。森に身を潜ませているなら容易に見つかりますまい」
「相手はドラゴンだもの。油断もできない。慎重に事を運ぶとしましょう」
シャリオは黒く広がる森を眺め、好戦的な笑みを浮かべていた。