俺、仙人の一歩目を踏みだす
真っ暗な中をひたすら俺は沈んでいた。
眠りに落ちるよりも深く、暗い。このまま落ち続けたらもう戻ってこられなくなる。
漠然とそうなることが分かって、俺はハッとした。
「いかん! 死ぬ!」
つい心地よく底まで沈んでいきそうになってしまった。
俺は叫び声で無理やり意識を持ち直し、とにかくあがくことにした。
「とにかくクロールか! 平泳ぎか! もがけもがけもがけ!」
これが何なのかはわからなかったが、何かやらなきゃまずい気がする。
クラスで10番目くらいのうまさだった水泳術を駆使しつつバタバタしていたら、俺はいつの間にか周囲からごうごうと音がしていることに気が付いた。
この音が、すさまじく気持ちが悪い。
こう聞いているだけで頭の中をかき回されているような気分になった。
俺は何とか抜け出そうとさらにあがく。
どれくらいそうしていたのかもわからないほど、あがいてあがいて、ふと気が付くと、周囲が明るくなっていることに気が付いた。
明かりの中ではたくさんの色がそこら中に見えた。不愉快だった音さえも、黄色に染まっていて、俺の周囲をぐるぐる回っているのが分かる。
「ううむ……泳ぎは有効なのか! ならば必殺のバタフライで!」
俺はゴールが見えて気がして、一層強くラストスパートをかけた。
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「ぶは!」
俺は眠りから覚醒した瞬間に、息を思い切り吸い込んだ。
胸が痛い。そして急速に酸素を取り込んで、一気に体が覚醒していくのを感じた。
そんな時、その原因が声をかけて来たが、皮肉なことにそれでようやくきちんと戻って来たんだと安心できた。
「……目覚めたか。思ったよりも早かったな」
「……俺は、いったいどれくらい寝てたんだ?」
「大体丸一日と言ったところだ」
「一日! 丸一日か……!」
俺は跳ね起きる。
体中に痛みが走り、悲鳴を上げかけたが飛び起きた瞬間に目に飛び込んできた景色を見たら、痛みの悲鳴も吹き飛んだ。
「あ……」
「成功したようだな」
その反応を見ただけで男には成功したことが分かったようだった。
俺が目にした景色は、間違いなく元の岩山だった。
しかし立ち昇る色が見える。そして、世界が水の中に沈んでしまったかのように波紋のような流れまでもが見えていた。
岩にも、空気にも、地面にも、そして目の前の男からも色のついた靄のようなものが出ているのはどうにも奇妙だ。
ちなみに男の色はどこかで見た黄色である。謎の靄はもちろん俺自身からも出ていた。
「今は目が開いて、必要以上に見えているだろうが直に頭が慣れてきて落ち着いてくる。そしてその色を感じ取ることが仙人の第一歩だ」
「おお! これで俺にも不思議な力が!」
俺は期待していた以上の変化に、小躍りしたい気分だった。
目を輝かせて男を見ると、男は軽く頷く。
「わしの名はソンという。今お前が見ているのは世界を満たす力だ。そいつを体内に取り込む術を磨き、五〇〇年も修行すればお前も仙人の入り口くらいには立てるだろうさ」
「え?」
だが……この時の俺はきっと、とても点に近い目をしていたと思う。
正直、男の名前がソンだとかそういうことはこの際どうでもよかった。
「んん?」
「どうした?」
どうしたもこうしたもない。俺は震える体をどうにか抑え込み、全身全霊でツッコんでいた。
「五〇〇年の方を先に言え!!」