二度目の気絶
「あんたの名前はなんていうんだ?」
話しててみれば案外話せる男に尋ねてみると、相変わらず石の上で霧を眺めていた男からは露骨に顔をしかめられた。
「……何でもいいだろうそんなもの」
「いや、今から色々教えてもらうわけだし。それにこれからじっくり話さなきゃだしな。こんなことをした目的とか。七日あるならちょうどいい」
「受け入れるのが早いな。教えること前提か……いや、こうなったのも何かの縁なのだろうし。どうしても知りたいというのなら教えないこともないが」
この男、やはり話せばわかるし、気前がいい。
そこまで言葉を引き出せればためらいなど俺には一ミクロンもなかった。
「本当に! どうしても! 特に仙術辺りについて詳しく頼む!」
「仙術については……もう少し考えたらどうだ?」
さすがにあきれられたが、何も考えていない訳でもない。
「いや、ただでさえ時間がないんだろう? 基礎だけでも覚えたいんだ」
「ふむ……たとえ死んだとしてもか?」
男は脅すようなことを言ってくるが、そんなことは今更である。
「悪い方の未来は考えないし、考えたって仕方がない。元の世界では死ぬようなものだったのか?」
「確率としてはそう高くはない。しかしお前はワシの世界の人間ではない。こればかりは賭けになるだろう。それでも知りたいか?」
俺もさすがに考える。だがやはり可能性があるなら試しておきたい。
「ああ、教えてくれ」
俺としては最終決定のつもりだったのだが、男は納得してはいなかった。
「なんでそこまで命を懸ける? 自殺志願か?」
「自殺志願は心外だ。死ぬつもりはない」
「とてもそうは思えんな。迷いがないのにはお前なりの理由があるのだろう? ただの考えなしではない。 そんな感じがする。そこのところを聞かせてもらわねば」
ニヤニヤしているようにも見える男に、俺はしばし頭を整理してから口を開いた。
「どうかな……そもそも俺は元の世界では、かなり堅実な物の考え方をしてた気がするんだよな」
語りながら思い出すのはかつていた世界での自分の姿だった。
ここ数日は、よく昔のことを思い出した。
自分で言うのもなんだが、俺には英雄願望なんてなかったし、どちらかといえば保守的な考え方の人間だった。
あのままなら、それが一番だったかもしれない。しかし今はそうじゃなくなった。
「そうなのか? 今のお前からは想像もできないな」
男の言葉に俺は頷いた。
「俺だってそうだ。でもその結果が、今だ。元の世界では俺は何者にもなれなかった。俺は理想の自分になりたいんだよ」
「それが理由か? 馬鹿げた理由に聞こえるがな」
「なら嬉しいな。俺の理想は馬鹿そのものさ。ちょっと考えるだけ、まだまだ修行不足だね」
クックックと俺が笑うと、男もクッと喉の奥で笑う。
そして岩の上から手招きしてきた。
俺は男に歩み寄る。
手を差し出してきた男は俺の額に指をくっつけた。
「?」
「なるほどな。覚悟を問う必要などなかったか。世界を渡るとはそういうことだな」
「そういうことだよ。まさに死んだ気になってやってみろってところだ」
「ならばお前の生き方にとやかく言うつもりもない。もとよりわしはお前が死のうが生きようが、どちらでもよい」
男が指先に力を込めたのを感じた。
「言い忘れたが、死ぬことがあるとすれば、今この瞬間だけだ。生き延びた時、その時は名を明かそう」
語る男の指先が、どんどん熱くなってきていた。
俺の全身には鳥肌が浮かび上がり、汗が噴き出す。
「うわ!」
そして頭に、強烈な光が弾けた。
俺の体は後ろにゆっくりと倒れこみ、意識はもっと遠くに飛んで行く。
一日に二度もブラックアウトとはまいった。
でもそういえば、こっちに来たばかりの頃兵隊の訓練をしていた時は、気絶なんてしょっちゅうだったと俺はいやなことを最後に考えていた。