仙人
「ぬおおおおお!」
俺は全力ダッシュで霧の中を突き進む。
霧は不自然だった。
目が覚めた場所から白い壁のように見え、その先は全く見えない。
今俺は、まっすぐ白い霧の中に突っ込んで山道を走っているはずだった。
足腰には自信があったのだが、相当走ったはずなのに霧を抜けるとそこは元の場所だった。
「ぬああああ―……」
思わず足がもつれてずっこけた先には、もちろん怪しい男がいた。
「だから言ったろうが、無駄だと」
「どうなってんだ!」
俺は岩の上の男に向かって叫ぶ。
すると男は、一応それらしいことを説明し始めた。
「……空間がねじれているんだよ。この山からは出られん」
「どういう理屈だよ?」
「わしの術でだが?」
「術?……術?」
「おおそうとも。すごいだろう?」
得意げに返す男だが、話が本当なら確かにとんでもない。
空間をどうこうなんていうのは、魔法ですらできないことだった。
「そんなことができるのか? ……それは魔法なのか?」
「魔法は知っているが、別物だ。わしらのとこでは仙術というな。わかるか?」
「せんじゅつ……戦術? なんかこう戦闘の方策的な?」
「違うなぁ。仙人の術で仙術だ。まぁわからんならいいが」
「仙術! 爺さん! あんた仙人か!」
俺はようやく言葉の意味が頭にバチッとはまって、跳ね起きた。
「お、わかるのか?」
「き、聞いたことはあるぞ……え? 仙人ってそんなことできるの? 俺の知っている仙人は霞を食って生きているとか、不思議な術を使うとか……たいして知らないな。フィクションかもだし」
「適当なことだな……。お前の知る仙人と同じものかは知らんが、仙人とは呼ばれていた」
この男が、敵なのか味方なのかそれはまだわからない。
しかし、会話ができて新しい技術があるのなら、俺は問わねばならなかった。
「……その仙術って。俺でもできます?」
「……さぁ? 努力次第だろう何事も」
「努力次第!? 努力すればどうにかなる!?……いやいや、どうせあれでしょう? 血統が大事とか、エネルギーがあっても出力できないとか。落とし穴があるんでしょう?」
期待はあるが、期待しすぎるのもいけない。
しかし男はいいやと首を振る。
「仙術は外の力を使う。わしがこうして術を使えているのだから、できないことはないのだろう」
「!なんと……」
「なんだお前? 仙人になりたいのか?」
怪訝な顔で尋ねられたが、別に仙人になりたいわけじゃない。
「いや、力が欲しいんだ。ここじゃ使える力はいくらあっても足りないだろう?」
体を鍛えただけじゃ、まともについていくことすらできない圧倒的な個人の壁を埋める何かは、いくらでも欲しい。
妙に納得した風に男は頷いた。
「ああ、そうだな。お前は弱いものな」
「ぬ……」
それはわかっているが、こうまではっきり言われるとカチンとくる。
だがひょっとするとまた新しいこの世界を生き抜く足掛かりになるかもしれない話ならぜひ聞きたい。
こんな大規模な現象を起こせるのなら、魔法にだって対抗できるかも……そこまで考えて、俺は妙な引っ掛かりを感じて、もう一度男に尋ねた。
「いや待て……ってことは。この騒ぎって完全にあんたのせいなんじゃないか?」
「……まぁ今のところはそうだ」
さっきは曖昧に意味ありげなことを言っていたくせに。
どうやらこの男は中々曲者のようだ、気を引き締めていこうと俺は気合を入れた。