鉱山街の噂
「しかし……テラさんが今忙しいとなると、何ができるかなぁ」
気分を変えるために鉱山街に散歩に出た俺は、なんとなくリッキーのところに足を向けた。
そして彼の家を訪ねたわけだが……。
「たのもうリッキー!」
挨拶をしたが返事がない。俺が適当に扉を開くと、やっぱりぐったりしたリッキーがいた。
「……どうしたリッキー?」
俺はこんなこともあろうかと、用意してきた水筒の水をリッキーに手渡すと、俺の手から水筒を奪い取ったリッキーは一気に水を飲み干した。
「……ぷは! どうしたって……そりゃあないだろう? ニーニャちゃんからの注文頑張ったからだよ」
「……正直すまんかった」
「まぁ。ちょっと僕も張り切りすぎたね。女子に腕のいいとこを見せたかったというのはある」
なんだか俺の知らない間にニーニャは無茶ぶりをしたらしいが、やたら正直なリッキーだった。
まぁリッキーはそういうとこある。
生暖かい目をリッキーに向けると本人は唇を尖らせた。
「なんだい。なんか文句でも?」
「いいやまったく。ありがたいしかないわ。ところでどうだい最近? 変わったことあったかい?」
「……気持ち悪いな。ダイキチが回りくどく世間話なんてし始めると、後にろくなことが続く気がしないんだけど?」
せっかく人が当たり障りのない話題に振ってあげたというのに、人聞きの悪いリッキーだった。
「今回は別に大した用事もないし、本気でありがたいと思っている。それに世間話くらいさせてくれ。ただでさえ最近はドラゴンやら、蒸気王やら、おかしな事件もあったんだ。ちょっとぐらい俺が心配したっていいだろう?」
「……まぁそうか。トラブルの中心みたいなもんだしね?」
「失敬だな、首を突っ込んだだけで中心じゃない。まぁ平和ならいいさ。それが一番だ」
基本、この鉱山街であんな大事件は稀である。
それが分かっているからこそ、王都を拠点にすることに前向きだったわけだし。
鉱山街の人達には世話になっていた。俺とて、穏やかに過ごしてもらえるのならばそっちの方がいいに決まっていた。
「ほんとかな? まぁいいけど。ああ、でも何もなかったわけじゃないかな?」
「そうなの?」
そう思っていたのだが、リッキーは何か思い出し様だった。
「ああ。事件っていうほどの物でもないけどね。最近妙な余所者がこの町にやって来たらしい」
「妙な余所者?」
「そう。ダン親方が言ってたんだ。ボロボロのローブを着た大男が北の鉱山に住み着いたんだってさ」
「そいつが何かしたのか?」
「いいや。何にもしないよ。たまに山を下りてきて食料を買っていくだけ。でも山に一人で住み着いてるみたいでさ。なんか不気味なんだって」
「……なるほどなぁ」
確かに、事件というには少し足りない。
モンスターが暴れるこの世界では住処を追われることは少なくなく、宿無しなど珍しくもない。
ただ後に続くリッキーの言葉には好奇心を刺激された。
「ダン親方の話じゃ、かなり強そうらしい。注意だけはしておけって言ってた」
「……ダン親方がそう言ったのか?」
「うん」
リッキーはいまいちわかっていなさそうに頷くが、俺としては驚きだった。
ダン親方は昔冒険者をやっていて、今でも相当な力を持った猛者だというのは鉱山夫の常識だ。
そのダン親方が、見ただけで強いと話し、警戒するなんてよっぽどだろう。
俺は背中がゾクゾクするのを感じながら、今後の予定を立て始めていた。