宣伝効果?
「……うん。私はやっぱコーヒーがいいな。香りがいい」
「よくそんな苦いものを飲めますわね。私はこちらの果物の香りがする紅茶の方が好きですわ」
「この苦みがいいんだよ。甘い物ともよく合う。頭がすっきりするともいうぞ?」
「そうなの? 甘いものと合うというのなら、やはり紅茶でしょう?」
貴族のご令嬢達は、優雅に珈琲と紅茶をそれぞれ飲むシャリオとマリーの二人を見て熱っぽいため息を吐いていた。
ニーニャは注目を集めた二人に驚きつつ、ご令嬢の皆様方に、飲み物を配る。
王都ではあまりなじみのない、珈琲。そして紅茶は果物の風味をつけたものだ。
ご令嬢達は、お二人を見る合間にそれらに口をつけて、なじみのない風味に口々に感想を口にしていた。
「このお茶はとても飲みやすいですわね。おひとついただいて帰ろうかしら?」
「この黒い飲み物、苦みが強いですけど、マリー様の言う通り甘い物と一緒に食べると香ばしい香りが鼻に抜けてゆきますね」
狙い通り、シャリオとマリーが最初に褒めたことで、肯定的な意見も多い。さすがは先輩である。
しかしうまくいくばかりでないこともわかっていた。
「……わたくしには少し苦すぎるように思います」
そんな方にも、対策はしてあった。
【飲みにくい方もいらっしゃると思いますので。ミルクと砂糖もお使いください】
「あら、そうでしたの? 試してみますわ」
ニーニャからミルクと砂糖を受け取ったご令嬢はマイルドになったコーヒーを飲んで表情を和らげていた。
計画通り。
一瞬ドヤっと笑うニーニャの顔は幸い誰にも見られていない。
ちなみにお茶菓子のクッキーにもコーヒーと紅茶で風味付けしたものを用意して、よりその魅力を堪能できるものとなっているはずである。
紅茶は出回っているから目立たないが、コーヒーが受け入れられればこの店独自の武器になる。
あわよくば、豆を挽いて販売するのが最大の狙いだった。
そして本命。
ニーニャは製作した目録をくばり、ごくりとつばを飲み込んだ。
目録の冊子には店長の修理が完了した商品が写真入りで紹介されている。
ほとんどテラさんによる編集だが、写真はニーニャが撮影したものだ。
手元にやって来た目録を開いたシャリオとマリーはしかし、内容よりもそのカタログ自体に驚いていた。
「……これは。なんだ? 絵じゃないよな?」
「まるで見たままを写し取っているかのような絵ですね」
【はい。カメラと言って風景を写し取る商品がありまして。それを利用して作りました。後ほど化粧品の宣伝のために、二人の絵姿も撮らせていただきたいのですが……】
ニーニャは小型のデジタルカメラというものを取り出す。
「絵姿ですか?」
【はい、では試しにシャリオ様を写してみても構いませんか?】
そう提案すると、シャリオは許可を出した。
「よくってよ。やってみてくださいな」
【では】
カメラを構えて、ピピっと一枚。
撮った画像をデジカメに搭載された小さなディスプレイでさっそく見せると、思った以上に店の中がざわついた。
シャリオは一見落ち着いていたが、画像を確認すると、カップから紅茶がはねた。
「……なるほど。ずいぶん簡単ですわね」
【はい。紙に描くにはもう少しお時間いただきます。当店の化粧品を試していただいた姿を撮影させていただければ。これ以上ない説明になると思います】
「それは面白いですわね。試しにやってみようかしら?」
シャリオは楽しげに笑い、乗り気だった。
一方マリーの方は若干眉をしかめた。
「ガラじゃねぇな……だがまぁ今日は手間かけさせたからな」
【いえ、そのようなことはないです】
「だが、この絵には興味がある。こう……例えば動き回る物でも、すぐ絵に出来るぐらい早く写し取れるのか?」
だがずいぶんと曖昧に探りを入れてくるようなマリーに、ニーニャはピンとくるものがあった。
マリーがこっそり注文していた物を考えれば、彼女がペットの類を飼っているのは明らかで。
ポンと弾んだ金額を考えると、溺愛しているのは間違いない。
ならば望む答えは一つだろう。
【……出来ると思います。写すだけなら数秒ですので】
「! よし……わかった協力してやるよ。ちなみにそのカメラは売れるのか?」
【はい……数に限りはありますが】
「ちょっとお待ちなさいなマリー? わたくしもカメラが欲しいのだけれど?」
「早い者勝ちだろう?」
【……お二方の分は大丈夫です】
「「ならよし」」
ギラリとマリーとシャリオの目が殺気立った時はビクッとしたが、丸く収めた直後、ニーニャはそれ以上のプレッシャーを感じた。
【!】
ニーニャはとっさに振り返る。
そこには目録と、シャリオとマリーを交互に見やる、お嬢様方がいた。
全員の血走った目まで見えた気がした一瞬だった。
取り乱した拍子に思念をばらまきそうになったニーニャだったが、何とか堪えられたのは使命感からだ。
マリーはしかし動揺したニーニャに声をかける。
「どうした?」
【いえ……なんでも。ご協力ありがとうございます】
その一瞬は見なかったことにして、ニーニャは頭を下げた。
しかしがっちりと複数から肩を掴まれる。
振りむきたくはなかったがそういうわけにもいかずにニーニャは振り返った。
【……なにか?】
「店員さん? 先ほどの姿絵は……譲ってもらうことってできないのかしら?」
ものすごく小声のはずなのに、熱の籠ったプレッシャーをニーニャは感じていた。
だけど、今回の集まりは大成功を収めつつある。
そんな気がした。