新しい朝が来た
約束の三日目の朝、ニーニャとマー坊は朝から厨房で、本日の準備に勤しんでいた。
【コツは掴んだ。やってみる】
「ほんとか?」
【ふん】
ぞろりと影の手が無数にニーニャの身体から現れ、展開された。
そしてそれは高速で動き始める。
「なんと!」
あまりの手際にマー坊は声を上げた。
黒い手は見事に制御されて別々の作業をし始めた。
なんという制御力。さすが俺様の見込んだ女。ここまでの情報処理を一度にやるたぁすげぇ並列思考だぜ。
黒い手は、練り上げられたそれを伸ばし、引き裂き、くりぬいてゆく。
そしてなんと並べたそれを、高熱であぶり焼き焦がした。
チン♪
【上手に焼けた】
「……」
はい。クッキーの出来上がりである。
焼き上がりはこんがりきつね色だった。
【どうしたのマー坊?】
「いや……ちょっと何やってるんだろうなって」
【クッキーを焼いている。接客用に】
「ソウダネ」
早朝から店の中には甘い匂いが立ち込めていた。
接客用の飲み物の入れ方も練習済みで、冷たい飲み物も冷蔵庫に入れてある。
追加の納品チェックもバッチリ終わり、ニーニャは準備万端、気合を入れて来客を待ち構えた。
本日最初のお客様は、新選組副長のヒルデだった。
「お邪魔します。ニーニャさん」
【いらっしゃいませ】
「ええ。ひとまず……おにぎりをお願いします」
【かしこまりました】
さっそくおにぎりを堪能し、米粒一つ残さずに食べたヒルデは上品に口元をぬぐい、本題に入った。
「先日はお騒がせしてすみませんでした。大丈夫でしたか?」
【はい。がんばりました!】
思念から気合がほとばしり、ヒルデは若干驚いていた。
テレパシーは無駄に感情が伝わる。やる気などはその最たるものだろう。
「……そうですか。しかしもう少し肩の力を抜いても構いませんよ。私は軽く宣伝をしただけですので。おそらくはシャリオ様やマリー様が紹介するのは彼女達の後輩にあたる方々だと思います」
【そうなんですか?】
「ええ。しかし歳が近くとも、相手は貴族のご令嬢です。失礼がない程度には気を引き締めて対応願います」
【……はい】
「結構。では、私はこれで失礼します。検討をお祈りしておきますよ、ニーニャさん。ダイモンさんによろしくとお伝えください」
【はい。ありがとうございました】
ニーニャが頭を下げると、少しだけ微笑んでヒルデは去って行った。
「気を使ってもらったってことだな。まぁ最初から大入りってこたぁねぇよ。こんな得体のしれない店に学校の先輩から声をかけられたからって買い物まではいかねぇだろうし」
【うん。でも頑張る】
ガラガラと馬車の音が聞こえてきた。
いつものようにシャリオお嬢様の馬車かと思いきや、今日はいつもよりも揺れが大きかった。
「なんだ? 地震か?」
【わからない】
しかしなぜか嫌な予感がしてニーニャとマー坊が身構えていると店の入り口が開いて、まずシャリオとマリーが姿を現す。
ただいつもと違うのはその周囲に美しいドレスを着た女性の団体様がいたことだった。
「おう、ニーニャ。……すまん、なんか数が多くなっちまって」
「思ったよりも……集まりましたわね」
「シャリオお姉さま! お誘いありがとうございます!」
「さすがマリーお姉さま! 品の良いお店ですね!」
「楽しみですわ!」
「嬉しいですわ!」
【!!】
「二、三人かと思ってたら十倍だったな。大人気だ。こいつは中々大変な戦いになりそうだぞ?」
【が、がんばる】
この日のために用意してもらった目録を握り締め。卸したての制服を着たニーニャは、渾身の笑顔を浮かべ、戦場へと赴いた。