思いもよらない話
「それにしても久しぶりだなヒルデ。魔法学園の中等部以来か?」
「そうですね。それくらいになるでしょうか。早いものですね」
「ヒルデさんは確か、マリーとは親戚筋で同じ派閥だったわよね。優秀だったから印象的でした」
「私など大したことはありません」
「そんなことはないだろう。同期で一番出世しているのはお前だよヒルデ。勇者の副官の名は今や王都中に聞こえている」
「いえ、私など。マリー様もシャリオ様も今や騎士団の隊を率いる隊長になられたと聞いています」
「隊長と言ったって、まだ任務をこなし始めた仮の物ですしね。勇者様の影響はどうのです?」
「大人気ですよ。先日は新撰組限定勇者ツクシぬいぐるみを生産したところ、一時間で完売しました」
「「そんなもの作ってたのか」」
なんというか、新撰組とは勇者ツクシだけが変なのかと思いきや、そもそも中々ユーモラスな組織なのかもしれない。
一応用意してあったお客様用の客室でテーブル越しに雑談に花を咲かせる三人に、ニーニャがダイキチの置いて行った商品をメモを片手に紹介すると、三人は覗き込んでそれぞれ興味を示した。
「これは……私が持ってる発電機よりもすごく小さいのだけれど?」
【これは、最近開発されたバッテリーというものらしいです。よくわからないですが、半年は連続使用できますので、充電が必要な場合だけ店に持ってきてもらえれば何度でも使用できます】
「ホントに? 手軽に使えるのなら、買いましょう」
「へぇ……これがシャリオお嬢様御用達の美容品か。っていうか異世界人も美容とか気にすんのな」
【こちらはスチーム美顔器です。蒸気を顔に当てて保湿に使うらしいです】
「蒸気かー私はいらねぇかなぁ」
【でしたらシャンプーやリンスはいかがですか? てんちょが作った新製品で、髪を洗うやつです。化粧品なら化粧水とか、ファンデーションっていうのもあります】
「……何でそんなもん作ってるんだあいつ?」
「ダイモンさんは薬学もかじっていましたからその影響ではないかと。電化製品は……食に関する物が多いですね」
【食は生活の基本だそうです。これくらいわかりやすくないと得体のしれない物のが売れる気がしないらしいです】
「確かに得体は知れませんね」
「異世界の物だもの。得体は知れないわよね」
「そうだな。店主も含めて得体は知れない」
散々な認識だがこれは普通である。
世の土産物屋では、そんなものを売っていれば悪い商売だと言われるだろう。
しかし店長がコツコツと作りためていた商品は、どれもしっかりと機能している。
様々な商品が手元に集まるのは、勇者ツクシの影響が大きかった。
説明を聞き終えると、手に取った異世界の道具を眺め、三人は感想を語り合った。
「魔王が倒れてから、こういうお土産も増えたよな?」
「そうですね。それにしても色々出来るものですね。修復できるのなら有用な物も多いかもしれません」
「でしょう? わたくしもかなり期待しているのですよ。中々成果も出ていますし。例えばこの髪のセットは毎朝大変でしたが、こちらの商品でずいぶんと改善しました」
シャリオは整えられた巻き毛を自慢するように弾ませるがマリーは眉を寄せていた。
「……その髪型ならそりゃあ大変だろうけどな。何でそんなめんどくさい髪形にすんだお前?」
「家に代々伝わる髪型なんです! ほら、我が家は炎の家系でしょう? 魔法で熱を加えて巻く、力の象徴的な髪型なんですわ」
「……ああ。確かにその髪型は炎の魔法に長けていないと難しそうですね」
「……まぁわたくしは魔法を使うと髪が熱では癖もつかないんですけどね。前は炭と専用の金属の棒でやっていましたし。もう根性ですよ」
「意味わかんねぇ。私ならできない時点であきらめるわ」
「やかましいですわよ。こちらにも色々事情があるんです! まぁおかげでダイキチさんをスカウトするきっかけでもありますのよ」
ニーニャも初めて聞いたが、まさかダイキチが王都に来るきっかけが、シャリオお嬢様の髪型の話とつながるとは思わなかった。
ただ意外だったのは、その話を聞いてヒルデが表情を強張らせたことだった。
ほんのわずかではあるが、今にも大きなため息を吐きそうな顔をした気がした。
「なるほど……そういう経緯で王都に出店ですか」
「どうしましたヒルデ?」
「なんか顔がおっかないぞ?」
「……いえ? しかしそういうことならこの新しいバッテリーが売れるかどうかで、店が軌道に乗るかが決まりそうですね」
ヒルデは商品の中から先ほど自分でも買った黒い箱を持ち上げて言うと、シャリオもマリーも頷いている。
「まぁそうですわね」
「そうか。まぁ売れた方が何をするにもいいことだ。ならどうだ? あたしたちで一つ手助けでもしてみるか?」
そしてマリーのした妙な提案に、まずシャリオが首を傾げた。
「手助けですか?」
「そうだよ。私としても色々と店に品物が出回った方が面白い。どうだヒルデ? 勇者も出入りしているなら、一口噛む気はないか?」
「私もですか? しかし肝心の店主が不在の様ですが?」
「別にいいさ。 なぁ店員。売るものはちゃんとあるんだよな?」
【はい。それなりですが……】
「ならどんどん追加でもってきておくといい。きっと在庫がいくらあっても足りなくなる」
「あなたはまた……そんな安請け合いをして」
シャリオは肩をすくめるがマリーは妙に自信がありそうである。
「そうでもないさ。学生時代の知り合いなら興味を持ちそうなやつらに心当たりもある。お前もあるだろう? シャリオ」
「……なくはないですが」
この意見をヒルデが肯定した。
「そうですね。お二人は昔から大変人気でしたから。興味を持ってくれる方々もいると思います。新撰組も協力しますよ。実は要の隊長が行方不明でして、しばらく暇を持て余す人員もいそうなので」
これは純粋に手を貸してくれるつもりなのだろうか?
100パーセント善意というのは少し違う気がすると、隅っこで三人の話を聞きながら思った。
その後、今後の戦略を話し合う三人の話には正直ついていけなかったが、最終的に店員のニーニャに視線が集まって、要望が飛んできた。
「まぁそういうわけだから。店にある物あるだけ用意してな。それと作れる物は作れるだけ用意しとくといい。ああ、そうだ。前に注文していた道具は後からもらいに行くからそっちもな!」
【え?】
「わたくしは新しい化粧品とやらが気になりますわ。こちらは現物のサンプルがいくつかほしいですね。宣伝するにも商品がなければ話になりません」
【ええ?】
「あとはそうですね。ニーニャさんはラフな服装以外にも貴族用の礼装も用意しておいてください。近日中に対応も増えると思うので」
【えええ?】
なんだか大変なことになったかもしれない。
ニーニャはそう思ったが、はっと気が付く。
これは期待に応えるチャンスなのではないかと。
だからニーニャは戸惑いの表情を引っ込めて、決意を込めて頷いたのだった。