はい。撤収
全身に痛みを感じながら、俺はボコりと地面にめり込んだ上半身を起こした。
「うおおお……信じられない、俺はまだ生きてる……」
『生還おめでとうございます』
「ありがとう。……パワードスーツは壊れてないか?」
『損傷はあります。修復期間は必要ですね』
「……そうか。体の方も修復が必要だよ」
痛みはあるが動くのに問題はない。そして俺は周囲を見回して、気絶したトシが倒れていることに気が付いた。
しばらくは目を覚ましそうにないほどぐっすりと眠る少年を俺はおっかなびっくりつついてみた。
「……おぉ。こうしてみても違和感あるな。普通の子供にしか見えない。やっぱりトシかぁ」
『すさまじい生命体ですね。おそらくは他の世界からやって来たのでしょう』
テラさんがことも何気に言う。だが確かに、そう言ってしまった方がしっくりくるのは確かだった。
「あ、やっぱり、そう思う?」
『はい。ここまでの能力があれば、もっと目立っていておかしくはありません』
テラさんの言う通り、俺もあんな化け物じみた変身は初めて見た。
王都にいる間にも聞き覚えはなく、あれだけ派手に暴れるのならもう少し注目されていてもよさそうなものだ。
だが結局は想像でしかない。
寝息を立てるトシを眺めて俺はため息を吐いた。
こればかりは本人に聞いてみない事にはわからないだろう。
「さて……この子どうするかなぁ」
この後の一番の問題はたぶんそれだ。
だが俺にはぐったりしている暇もなさそうだった。
ドドドドと聞きなれた地鳴りがすぐそこに迫っていた。
「ぬおおお! トシ、やったな!」
ああ元気な声が聞こえる。
姿が見えなくなるまで飛んで行ったと思ったが、ずいぶん早かった。
げんなりしながら、俺は痛む体を押して、安心して変身を解除できる物影を探すのだった。
「なんだー! 全部終わってるだとー! 何があった!」
なんてツクシは地団太を踏んで悔しがっていたが、怪我一つなかったのでひとまずは置いておく。
「というわけで、撤収します。お騒がせしました」
「本当にもう行くのか? 滞在していってもいいのだぞ?」
影丸はそう言ってくれたが俺はその申し出を辞退した。
「いや。もてなすなんて事は余裕がある時にやるべきだ。せっかくのめでたしめでたしによそ者が水を差すべきじゃない」
見たところ里はかなりダメージが深刻そうだ。
田畑は占領期間が短かったためさほど荒れている風ではないが、食料は食い荒らされていたし、人的被害はかなりのものだろう。
そしてシンボルらしい五重塔は粉々に粉砕され、跡形もない。
聞けば、この五重塔は彼らのご先祖様と一緒にこの地にやって来たもので、歴史的に重要な建物だったらしい。
俺の背中にはすやすやと眠っているトシもいた。
こんな余裕のない状態で、角のある子供がいたら、それこそトラブルの火種になりかねない。
復興を手伝うことも考えたが、長々と手伝うことができないのはこっちの都合でもあった。
影丸はそれを承知していることもあって、それ以上引き留めはしなかった。
だが俺達に握手を求め俺が応じると両手でしっかりと握る。
「本当に、色々とすまなかった。礼を言う」
「気にしなくていいよ。こちらが勝手に首を突っ込んだことだから」
「いや。この恩は忘れない。必ずダイキチ達が望むものは王都に届けると約束する」
「お米と、味噌醤油は期待してるよ」
「しかし、いいのか? ここまでやって食料だけというのも……」
「もちろん。最初の目的だもんな。ああ、それなら二段ジャンプの札をくれたら嬉しいな」
「……そうか。では検討しよう」
しかし、無駄足だったわけではなかった。
力強い握手に、俺は交渉成功を噛みしめていた。
影丸はこの里の上忍で、それなりに発言権があるらしい。そんな彼が俺達との取引を約束してくれたのだ。
ああ、夢にまで見た調味料、味噌はもとより醤油まで。
お米もたっぷりもらえそうだし、想定以上の成果と言えるだろう。
「むー……ちょっと泊まってみたかったなぁ」
ツクシのぼやきもよくわかるが、これ以上は高望みというものだろう。
「いいじゃないか。成果は十分あった。忍者の里も取り返せたしな」
「うん! そうだな!」
故に俺達はトシをおぶって船に乗る。
「よし。ツクシ。準備は出来たか?」
「おう! だいじょうぶだぞ!」
「トシはしばらく起きないな。では撤収!」
長い夜が終わり、朝日が昇る。
俺達は出来る限りこっそりと舟をこぎだし、見送る影丸に手を振りながら、忍者の里を後にしたのだった。