異世界ではなかった
「う……うぅん……」
「大丈夫かね?」
頭は痛いが、意識は戻ったはずだった。
ただ、正常かどうかいまいち自信がないのは、筋骨隆々の執事服を着た男性が目の前にいたからだ。
なんというか、彼が神だろうか? 威圧感がすごい。
しかし今からひょっとすると転生させてくれるかもしれない神様だ。どうせ心とか読まれるのなら嘘偽りなく答えよう。
「はい、無事死んだようです神様。最近とてもいいことがあったんですが、いきなり馬車に轢かれるなんてあんまりです。どうせ転生するならパワードスーツをたくさん買ってくれるお金持ちの家に転生させてくださいお願いします」
「……お嬢様。残念ですが頭を強く打ってしまったようです」
「なんてこと……」
そしてでっかい執事の傍らには、赤髪の女性が俺を哀れむような目で見ていた。
ああそういう。ダブル神様制? なら、ぜひとも受け付けは女神様にやってもらいたい。
……?
いや、ちょっと待て。何かおかしい。
ここは全く知らない場所ではあるが、まるで想像できない空間などではなかった。
狭い部屋の中のような。ただし、ちょっと豪華な。
寝たままではわからないと体を起こすとそこは馬車の中だった。
「あっ」
まだ頭ははっきりしないものの、最低限周囲の確認をするとしよう。
この空間にいる人間は全部で三人。
俺と執事服の男性、そして軍服らしきものを着た女性。
二人とも洋服の仕立てがいいところを見ると、どうやら身分の高い軍人さんみたいである。
重要なのはお嬢様がキリッとした雰囲気の美少女であることだろうか?
いや、それよりも俺は頭についているドリルが気になった。
ある意味ドリルもロマンである。まぁ、髪型的に言っても、ロボ的な意味でも。
「……ええっと、どちら様ですか? ドリルの女神様?」
「よし。この平民、殺しましょう」
つい思いついたことを口に出すと、死刑宣告されてしまった。
危うく頭と体が泣き別れになるところだったが、執事さんが止めてくれた。
「……お待ちくださいお嬢様。頭蓋骨を割った上、殺してしまうのはいかがなものでしょうか?」
「いや、割れてないです。大丈夫ですとも。頭がようやくはっきりしてきましたよ?」
「……つまり、今すぐ処刑を希望と?」
「いえ、まさか。私は純粋に女神のように美しいご婦人を前に錯乱しただけでございます……うっ! 頭が! 頭が痛い!」
ひとまず俺は全力で生き残ってみることにした。
頭を押さえてうずくまった俺に、厳しい視線が突き刺さる。
相手も人の心があるのなら見逃してくれるはずだ。
恥を捨てた全力の命乞いは効果があったが、相手の心証を著しく損ねたらしかった。
「……はぁ。調子のいい。何も言わずにこれを受け取りなさい」
お嬢様がそう言うと、執事さんが大きめのカバンを差し出して俺の前に置く。
「うい?」
訳が分からずにいる俺にお嬢様は忌々しそうに表情をゆがめていた。
「……全く、本来であればこのようなことにかかずらっている暇は一瞬たりともないのです。私は大切な使命の最中です、理解したならすぐに消えなさいな」
「は、はぁ」
と呟く暇もなく、俺は鞄と一緒に馬車から放り出された。
顔を上げると馬車の上からお嬢様の非常に冷たい視線が向けられていた。
「話はこれで終わりです。それではもう二度と会うことはないでしょう。ごきげんよう」
「気をつけて帰るように」
そんな言葉と共に馬車はすごい勢いでどこかに走っていった。
俺はぽかんとしたまま取り残され、馬車を目で追うことしかできなかった。
まぁ、大体俺が悪かった。そうは思う。
しかしなんというか、仮にも謝罪というのなら釈然としない話だった。
「……」
俺は手の中のカバンを見る。
中には慰謝料的なものが入っていた。
「なるほど」
何ということだろう。金を渡せばすべて俺が忘れると?
俺は鞄をしっかりと抱えた。
「……よし! 今日のことは犬にかまれたと思って、とりあえず布買いに行くかな!」
まぁ謝罪は謝罪だし、お金はあって困ることはない!
これ大事なことだと思うわけだよ。