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であるからして吉川美南はぼっちだった

放課後の学校は素晴らしい。グラウンドでは運動部が声を張り上げ練習にいそしんでいる。また、上階からは吹奏楽部と思われる金管楽器の演奏音が聞こえてくる。

大会が近いからだろうか、どこの部活も盛況な様子が音だけでも伝わってくる。こういった青春のアンサンブルが響きわたるこの時間が俺は好きだった。

「大和君、そっちのスライド終わりそう?」

「ぼちぼちだ。あとはいらすとやを適当に張り付ければおしまい」

「そう」

 放課後の学校は素晴らしい。それが女子と二人きりで過ごすとなればなおさら素晴らしい。ついでに、いらすとやも素晴らしい。行政でも使われてるしな。ほんと素晴らしすぎて祝福したいレベルだ。

 俺は今、パソコン室でクラスメイトの女子生徒、吉川 美南と英語の授業の課題であるプレゼンテーションの準備のためパソコン室に居残り、パワポ作成をしている。このプレゼンテーションは2人1組でやることになっており、そのお陰で女子と2人っきりで放課後残っているというわけだ。好きなやつと組めとかいうぼっち放逐システムではなく、出席番号順に組ませるあたり、今年の英語の先生は当たりかもしれない。いや、俺はぼっちじゃないけどね!

「そういえば、吉川さんって1年の時は何組だった?」

「A組だったけど。なんで?」

「いや、吉川さんがクラスの奴と話してんのあんま見ないから、何組だっけなって思って」

「余計なお世話よ」

吉川は視線をパソコンからそらさず、そっけなく答える。

 あれ?ちょっと気を悪くしたか?まぁ、若者語訳で「お前ぼっちだけど、友達いねぇの?」なんて聞かれたらイラつきもするわな。これは俺が悪いし、フォローを入れとくか。SNSの使い手としては、フォローとブロックは得意だ。ブロックも得意なのかよ。

「うちのクラス元Aの奴は少ないもんな。そうじゃなくても友達なんて作るの難しいよな。俺も去年のクラスでほとんど友達出来なかったし」

「そう言う割にクラスで色んな人と話してるイメージあるけど」

「まあ、俺は広く浅く付き合えるタイプのネオぼっちだからな!」

「なに?ネオぼっち?」

吉川さんのローテンションな会話に微妙な気まずさを感じ、おどけたら怪訝な声で尋ねられた。

 鬱陶しがられるかもしれないけど、変な居心地の悪さを紛らわせるように大仰に説明する。

「そう!だいたい誰とでも話せるし、休み時間や授業中は仲良い感じにできるけど、一緒に下校したり休日に遊んだりはしない。特定の誰かと深く仲良くなるわけじゃない。繋がりを持ちながら孤高の存在でいる。それがぼっちのニュータイプ『ネオぼっち』!まさに人類の革新ってわけだ」

「ふーん。よく分からないけど、喋れる相手がいるだけいいんじゃない?」

 カタカタと吉川さんのタイピングの音だけが教室に残る。

 ……もしかしなくてもスベったね。夜寝る前に思い出しそう。

「えーと、吉川さんは仲いい人とかいないの?」

「さっき大和くんも喋ってるとこ見ないって言ってたじゃん」

「いや、他に部活とか去年のクラスメイトとかさ」

「部活は入ってないし、別に他に仲いい人もいない」

「お、おう、それはごめんなさい」

「別に。一人の方が楽だし、友達なんてもういらないから」

そう言う吉川さんの視線は相変わらずパソコンに固定されていたが、口元は少し歪んだ。その横顔はどこか嘲るよう自虐的な笑みにも、何かを慰めるような穏やかな微笑みにも見えた。

 もういらない、という事はかつて求めていたということだろう。つまり、諦めの言葉だ。何があったかは知らないが彼女が人との関わりに失望してしまうことがあったのだろう。

近くにいる奴があんな悲しい笑顔をしながら、一人ぼっちで過ごしてるのはなんかいやだな。

吉川さんの諦めの言葉を最後に、時を刻む時計の音と吉川さんのタイピングだけが響くパソコン室。自分の鼓動が早くなるのが分かる。口の中が乾く。

回転式のイスを回し、横並びに座る彼女に体ごと向き直る。そして、震える声で俺は身勝手な思いを彼女に押し付けた。

「吉川さん、もしよかったら俺と友達になってくれない?俺も友達少ないからさ」

その言葉を聞いた吉川さんも回転式のイスを回し、体ごとこちらに向いてくれた。初めて正面から吉川さんを見たかもしれない。肩あたりで揃えられたボブカットは揺れ、窓から差し込む夕陽によってその黒髪にほのかな暖かさが宿る。女子にしても小柄なことやあどけない顔立ちから、他の同級生の女生徒に比べても少し幼い印象を受ける。

夕暮れ時、学校の一室で女子生徒と向き合い告白めいた言葉を贈る。まさに青春ラブコメという画だ。これが漫画ならここが連載第1話の見開きだろう。もっとも、この感情はラブではないので、やはり間違っているけど。

そして、吉川さんは自身のスカートをキュッと握り、ひと呼吸するとおもむろに口を動かした。

「え、嫌だ。なに?シチュエーションに酔ってるの?ぼっちの女だったら簡単に口説けると思った?わたしが可愛いことを差し引いても気持ちワル。SNSでつぶやいていい?」

吉川さん……いや、吉川は地面にへばりついたガムを見るような、まさにゴミを見るような目をこちらに向け、つらつらと言葉を並べた。

 ていうか、SNSでネタにされちゃうのかよ、俺。

「いや、待て!そうじゃない!というか、自分で可愛いとかいうタイプなのな!」

「わたしって嘘つけないタイプでしょ?」

「じゃん?って言われても知らねーよ!タイプ相性表持ってこい!」

こいつ思ったより自尊心が高いな。

呆気からんと言う吉川は、自分が可愛いと思われてるのが当然と言いたげな様子だ。

「とりあえず、わたしは友達がいらないから。いないじゃなくて、いらないの。自主的にぼっちで、友達を作ることを自粛してるの」

「自粛って誰への配慮だよ」

「わたしと友達になったばかりにグループからハブられちゃう人への配慮」

「悲しいな!」

「冗談だから」

俺の反応が期待通りで嬉しかったのか吉川は口元をゆがませて笑っている。なんだ、その苦笑いにしかならないブラックジョークは。

「大和君は友達が多い方が偉いと思ってる?」

「いや、偉いとかじゃなくて多い方が楽しいんじゃないか?」

「そう。わたしは多い方が偉いと思うよ。だから頑張ってお友達を作っている大和君はすごいと思う」

 言葉や声音は褒めてくれているような雰囲気だが、どこかバカにされている気がする。だからか、ちょっと俺も険のある言い方をしてしまう。

「じゃあ、なんで友達がいらないなんて嘯くんだ」

「人といるのが向いてないからかな。もしくは人間強度が下がるからとか?」

「お前って高二病なの?」

「かもしれないね。ともかく、わたしは一人でいたい。友達はいらない、ぼっちに擬態、これで話はおしまい。わたしは作業が終わったから帰るね」

なんでこいつちょっとライムを刻んだんだ。MC Meenamiか?

吉川はパソコンをシャットダウンし、そそくさと帰り支度を始めている。

 吉川の言い分が分からない。友達が多い奴を偉いと言ったり、ぼっちな自分を卑下するような態度。そのくせ、俺の申し出をきっぱり断った。どこか達観してるふりをしている気がして、気に食わない。

 教室を出ようとする吉川の背中へ、一つ意地悪を投げかけた。

「友達がいらないなら、何が欲しいんだよ」

「欲しいもの?青春……とか?」

 こちらからは背中しか見えなかったから、どんな顔をしていたかはわからない。だけど、その声は冗談めかしていた気もする。

 俺以外に誰もいないパソコン室ではハードディスクの駆動音だけがうなっている。日はどんどん沈み、燃えるような光が強くなる。

「青春ってなんだよ」

俺は誰もいないのパソコン室で、いらすとやをコピペしながらひとりごちた。虚しいつぶやきは誰の耳に届くこともなく空気に溶けていく。

今の俺、かっこよかったな……

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