魔法の特訓
4/15日に、第三話に『ハイルの魔法の才能』を割り込み投稿しました。
翌日の朝、俺は父に呼び出された。ドアをノックすると中から入ってこいという声が聞こえ、部屋に入るとそこにはしかめっ面の父が業務机の椅子に座っていた。そんな父の隣にはロイジが立っていた。
「父上、なんでしょうか?」
「お前を明日からの魔法の教師を付けることにした。お前にいくら才能がないのだとしても、何もせずお前を放置しておくと、我がトル―ストン家の評判が悪くなってしまう。流石にお前のような雑魚が、我がトル―ストン家にはついて来れるはずもない。そして、ガルラとミーリアの足を引っ張らせる訳にもいかない。外部の魔法師だが、お前にはそれくらいがお似合いだ。」
散々な言いようだ。そんなにトル―ストン家であることが、魔法が強いことに意味があるのだろうか? このトル―ストン家の魔法が今どれ程強いのかは知らないが、平民にも強い魔法師がいることを知らないのだろうか? 知らないのだろうな。こんなに最初っから平民は下等生物とでも思ってそうだからな。
「そして、我がトル―ストン家は代々、この国最高峰の魔法学園のアルトロワ魔法学園に、通っている。ガルラとミーリアも今、初等部に通っている。最初は、お前を通わせる気もなかったが、そうするとトル―ストン家の評判が悪くなってしまう。魔法面では何も出来ないのだろうから、勉強面ではトップを取ってもらおう。お前のような雑魚でもそれくらいは出来るだろう。勉強すればいいのだから」
今の時代には、魔法の学校があることに驚いた。前世であれば、強い魔法師に弟子入りをし、教えてもらうのが普通だった。
「まず、お前の魔法を私が確かめておこう。昼食後、ガルラとミーリアの訓練にお前も来い。分かったな」
「はい」
「つくづく、邪魔な奴だ。せいぜい、私の足を引っ張らないように。これで話は終わりだ。目障りだ。うせろ」
父はそう、実の息子を見下した目で見て言った。俺もこんな場所にいるのが嫌だったなので、特に返事もせず、出て行った。
◇◇◇
部屋に戻った俺は、すぐにアルトロワ魔法学園のことについて調べた。
まず、アルトロワ魔法学園は、このアバンテール魔法国立で世界最高峰の魔法学校らしい。そのせいか、世界中の王族、貴族が魔法について学びに来るみたいだ。更に、その魔法学園の特徴として、平民、貴族、王族など身分関係なく、試験によって条件を満たす者にしか入れないらしい。
初等部、中等部、高等部に分かれており、それぞれ、3年間ずつあるようだ。
初等部ですら、入るには試験が必須であるらしいが、初等部だけあって、そこまで難しいものでもなく、受ければ受かるレベルのものらしい。金さえあれば入れるようだが、やはり平民には厳しいようで、大商人の娘息子くらいしかいないようだ。
初等部に入ると、試験もせずに中等部、高等部へと自動で行けるらしい。
試験を導入することで、身分関係なく入れるようにしているみたいだが、あまり意味はないようだ。実質、金さえあれば、初等部から入れるからだ。
中等部、高等部では、認められれば授業料が免除されるみたいだが、よほど強くなければ無理のようだ。
調べて分かったことはこれくらいだ。前世では学校に行ったことがなかったので、少し楽しみだ。
◇◇◇
昼食を食べ食べ終えた後、俺は訓練場へ向かう。エルに聞いた感じでは、やはり伝説のトル―ストン家と言われるほどの大きさらしい。でも、そのような敷地はここにはないようだ。
エルに連れてこられたところは、普通の部屋の前だった。しかし、中から膨大な魔力を感じる。ただの部屋ではないようだ。
「ここです」
「え? ただの部屋じゃないの?」
ただの部屋ではないことは分かっているが、ここはハイルとして疑問に思った方が年相応だろう。
「それは入ってからのお楽しみですよ」
エルは知っているのか、これからハイルの驚く顔が楽しみなようだ。彼女がドアを開けると、中から魔力の波が押し寄せてきた。俺は思わず目を瞑ってしまった。
目を開けると、そこには豪華なアーチがあった。でも、ただのアーチではないことは目に見えて分かる。そのアーチには表面に浮き出た魔力回路が光っていた。
これは……
俺は思わず絶句してしまった。前世にはこんな大掛かりな魔道具は存在していなかったからだ。魔導文明がかなり発達したのだろう。
「おい、お前。そこをどけ。邪魔だ」
そんな風に立ちすくしていると、後ろから兄のガルラが生意気な声で命令してきた。家族に対してお前呼ばわりしている時点で、ハイルのことをガルラは家族と見ていないのだろう。その隣に鬱陶しそうな顔をした、ミーリアが俺を見下した目で見ていた。
「申し訳ございません、兄上、姉上」
そんな彼らに呆れながら俺は横にそれる。ガルラが通りがかった時に、俺の足を思いっきり踏みつけようとしていた。それをサラっと避けると、彼は咄嗟に反応することが出来ずドンという大きな音をたて、床を踏みつけてしまった。その音にこの部屋にいる全員が反応し、彼に目線を向けてしまったおかげで、彼は顔を赤らめながら俺を睨んでいたが、何知らぬ顔で首を傾けた。
そんなことをするとさらに顔を赤らめて、怒り心頭となったところで父が部屋に入ってきた。
「全員そろっているな。ゴミも来ているようだな」
ゴミとは俺のことだろう。父は全くこちらを言った。彼は、アーチ状の魔道具の前に立ち、それに手を触れた。その瞬間先ほどまでとは比べ物にはならないくらいの魔力がこの部屋にあふれる。父を観察していると、どうやら彼がこのアーチに魔力を込めているようだ。流石、俺の血筋なのか、前世の俺までとはいかないが、かなりの魔力を保持しているようだ。
しばらくすると、ボンという低い音が鳴り、アーチ状の魔道具に黒い膜が張られた。
おお。これはなんだ?
俺には全く分からなかった。
「では、行こうか」
父はそう言って張られた膜に入って行った。その次の瞬間、彼の魔力が一切感じられなくなったのだ。
え?
俺は何が起こったのかさっぱり分からなかった。その次に続いてガルラとミーリアも入っていった。そして、彼らの父と一緒のように魔力を感じられなくなった。
なんなんだ一体?
俺は訳が分からなくなりエルを見ると、彼女はにっこり笑っていた。
「さあ、ハイル様も行きましょうか」
楽しそうに俺の背中を押してくる。流石に俺も得体のしれないものに入っていくのは怖かったが、さすがに5歳。成人女性の力に逆らうことは出来ず、いやいやアーチを通らされた。
一瞬の浮遊感があった後、俺は違う場所にいた。しかし、何もないにも関わらず、そのドキドキ感でつまずいて転んでしまった。
周りを見ると、ドーム状の大きな結界に囲まれた場所にいた。その結界の外には森が見えた。
家とは違う場所にいるようだ。
これは、転移魔法か?
俺はこれと似たような経験を何度もしていた。前世、よく使っていた転移魔法に似ていたからだ。しかし、少し転移魔法とは異なっている。転移魔法では膜を通る必要もないし、あのような大掛かりの装置を必要としないのだ。
ずっと倒れたままそんなことを考えていると、近くに誰かがやってきた。上を見上げると、そんな見っともない俺を見下しているガルラとミーリアがいた。
「無様ね」
「ゴミのように這いつくばっとけ!」
ガルラが俺を蹴ろうとしてきたので、手で守る。
「やめてください、兄上」
そんなことを言うと、周りが目を少し見開いた。普段のハイルが言わないようなことを言ったからだろう。
「ふざけるな! お前のようなゴミが、俺のような天才に触れて言い訳ないんだよ!」
しかし、ガルラは俺が反論したのが癪に障ったのか、再び叫びながら俺に蹴りを入れようとしてくる。
触れて怒られたので俺は手で守ることはせず、すべて避けた。子供のお遊びの蹴りなど、避けることなど息をするように簡単なことだ。
飛んでくる蹴りを全て避けていると、ガルラの呼吸が段々と乱れてくる。
「はあはあはあ」
完全に疲れ切ったのか、肩で息をしている。そして、俺をキッと睨んでいる。そんな目線を俺は知らぬ顔でスルーする。そんなことをしていると、ミーリアからの視線にも段々と悪い感情が浮きあがてきた。
先ほどからこけた状態で行動していたので、服が少し砂まみれになってしまった。
俺は何もなかったかのように立ち上がり、ガルラに背を向け、服についた砂を払い落とす。するとエルが慌てたようにこちらにやってきて手伝ってくれた。
「大丈夫ですか?」
彼女が心配そうに小声で聞いてきた。
「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
「それは良かったです。よし、奇麗になりましたっ、ハイル様!」
そうエルが叫び声をあげた瞬間、俺は後頭部に飛んできた拳大の石を後ろも見ずにつかみ取った。
「いてっ」
流石に魔法で飛んできた石を素手で掴むのは無理があったのか、手の平から血が出てくる。俺に魔法を当てることを失敗したのがよほど頭に来たのか、ガルラが更に魔法を行使しようとしていた。
「もう、止めろ」
「でも、お父様!」
「後でにしなさい。後でたっぷりやらせてあげるから」
「わ、分かったよ」
父が説得することでようやく諦めた。でも、後でたっぷりやらせるつもりらしい。何をやらせるつもりなのだろうか。
「だ、大丈夫ですか! ハイル様! 包帯巻くのでじっとしててください」
もう大丈夫だと思ったのか、エルが慌てた様子で包帯を用意していた。
「大丈夫だよ。こんな傷くらい。すぐ治るって」
そんなに慌てるほどの傷ではない。
「いや! ダメです!」
そんな彼女の圧に負け、俺は素直に包帯を巻かれることになった。
しばらくして、エルが包帯を巻き終わった。
「これで、大丈夫です」
「ありがとう、エル」
「では、始めるぞ。ガルラとミーリア、ゴミはこっちに来なさい」
包帯が巻き終わったのを見計らって父が集合を掛ける。
「行ってくるね、エル」
「頑張ってください、ハイル様」
応援してくれているけど、少し心配そうな顔をしているエルから離れ、父の元に向かう。ガルラとミーリア先ほどまではイライラしていたが、今はとてもワクワクとしているようだ。先ほど父と何かを話していたから、多分そのことだろうと思われる。後で何かされることは確実だ。
「集まったな。では、まず、そこのゴミからやってもらおう。ガウラとミーリアはもうとっくの昔にやっているからな。こんな時期にやっているのはゴミのお前くらいだな。では、まずこの魔道具に手を乗っけてみろ」
そう父が差し出してきたものは、球体で、無色透明の、ガラスのような魔道具だった。しかし、中にはびっしりと魔力回路が張り巡らされているのが分かる。とても複雑で繊細な魔道具であることが分かる。
俺は言われた通りに、その魔道具に手をのせる。すると、その魔力回路が少し光った後、その中心にほのかに白い光が灯った。
その光を見たガルラとミーリアは俺を嘲笑った。
「F級じゃない! やっぱり、ゴミはゴミね。変わらないわ」
F級とは? 何かランク付けがあるようだ」
「うわっ! ゴミ!」
「やはり、ゴミか。そこらの平民と同じであればまだ良かったものの。何故よりにもよって我がトル―ストン家に生まれた! まだ、本家だったら良かったものの、何故、分家に!」
父はそう叫んだ。やはり、本家に対抗心を抱いているようだ。
「ガルラ。このゴミに手本というものを見せてやれ」
「分かりました」
魔道具の上に乗っけていた俺の手を払い除け、彼は自信満々に手を置く。すると、さっきの俺とは比べ物にならないくらい、青く光る。俺と違って青色だ。眩しい。
「流石だ」
そう父が嬉しそうに呟いているのが分かる。
眩しくて目を細めているとガルラが自慢げにこちらを見た。
「これがB級だ! お前のようなF級のゴミとは違うんだよ!」
「すごいですね! 兄上!」
俺は、またさっきのように機嫌が悪くなっても困るので、一応持ち上げておく。
「私もやります」
「ああ、ミーリアの今を見せてくれ」
「はい」
そう自信満々に返事をし、ガルラと入れ替わり、魔道具に手を置く。すると、ガルラと同じくらいの強さで青く光る。
「ミーリアも流石だな」
「ありがとうございます」
「それに比べて、このゴミは……」
「父上! もう一度だけやらせてください!」
「もう一度やったところで変わらない」
「もう一度だけでいいので!」
「分かった」
俺はちょっと見返したくなったので、もう一回やらせてもらうことにした。
俺がこの魔道具の魔力回路、魔法陣を観察したところ、これはどうやら魔力を測る魔道具のようだ。
人には魔力があるが、漏れることなく身体の中に居続けるわけではない。魔法を使わないときも人は勝手に外に魔力が出ている。それは保有魔力量が多ければ多くなり、少なければ少なくなる。そして、人にはそれぞれ透魔性があるが、透魔性が良ければ身体の外に自然と魔力が出やすくなり、透魔性が悪ければ出にくくなる。
俺は、魔力が凡人なみだというのに凡人以下のゴミと出ているのはこのせいだ。透魔性が最悪レベルなので、外に魔力が全然でないのだ。
そして、この魔道具はその自然と漏れ出た魔力を吸収し、その魔力を中心にある魔法陣に流すことによって光らせ、人の魔力保有量を測っているようだ。ランク付けはその光の色でされている。
これほど簡単な機構なのであれば、魔力操作をして、わざと外に魔力を放出することで光は強くなる。
こんな風に。
俺は、一瞬だけ魔力を操作し、魔力回路に直接流し込んだ。すると一瞬だけ赤く光った後、また消えそうに白く光った。
「「「え?」」」
そんな声が俺以外の全員から上がった。少し、すっきりした。
「い、今、赤く光らなかったかしら?」
「い、いや、そんなわけないだろ! だって、このゴミだぞ! ほら証拠に、白じゃないか!」
ミーリアもガウラも信じられないようだ。ガウラは信じたくないのだろう。まあ、信じてもらわれたら逆に困るので、気づかなかった振りをしよう。
「やっぱり、ダメでしたね。ありがとうございました、父上」
「あ、ああ。わ、分かっただろう」
動揺が隠し切れないようだ。でも、すぐ気のせいだと分かるだろう。父は召使いにその魔道具を片付けさせた。
そして、今度は少しボロイ、木で出来た棒状のものをロイジに持って越させた。先に向かって細くなり、根元には青色の水晶が付いていた。魔力が感じられるので、多分魔石だろう。
「ゴミは知らないだろうが、これが魔法の杖だ。これを使うと魔法の行使が簡単になる。これはゴミ用だ。ゴミらしくゴミを持ってきた」
ロイジからその魔法の杖なる棒切れを渡される。
しかし、魔法の行使が簡単になるとはどういうことなのだろうか? そんなもの前世にはなかった。そんなことありえる筈がないと思うのだが。
信じられなかったので、俺は魔法の杖を調べてみる。根元の水晶はやはり、魔石だった。そこから、魔力回路が複雑に伸びている。魔石の近くには先ほどの魔力量を測る魔道具の表面にあった、魔力を吸う魔法陣に似たものあった。先ほどの魔法陣よりさらに吸引力を強くしているようだ。
「魔法の杖を持ちながら、『聖なる水の神よ。我に恵みを。ウォーター』と詠唱してみろ」
「分かりました。聖なる水の神よ。」
すると、魔法の杖の魔力回路が光り、動き始める。そして、魔法陣が稼働し、俺の魔力を吸い上げようとし始めた。少しだけだが、吸い取られた。
「我に恵みを。ウォーター」
詠唱が終わると、魔法陣が完成し、そこから水が一滴だけ出てくる。それを見て、ガウラとミーリアが安心した様子だった。やはり、信じたくなかったし、信じられなかったけど、もしかしたらと不安だったのだろう。緊張がほぐれ、俺を煽り始めた。
「やっぱり、ゴミじゃねえか!」
「そうですわ。ゴミはゴミです」
魔法の行使が簡単になるとか言っていたが、違っていた。あの魔法の杖の効果は、魔石の魔力によって、無理やり外側から身体の内側の魔力を吸い上げさせているだけだ。魔力を操作し、内側から魔力を自分で外に出すということをしていないのだから、簡単になるのは当たり前だ。
前世ではこんなゴミみたいな魔道具なかったぞ。なんだこれは?
「これは、私が教える労力が無駄になるほどゴミだ。やはり、外部に頼んだ方が良かったのだな。まあ、今日はここにいるのだから、ゴミにはもったいないが、直接教えよう」
父はニヤリと笑った。ガルラとミーリアもそれに伴ってニヤリと笑っていた。ああ、これから始まるのか。
「やはり、魔法が使えるようになるのは、実践でやるのが最短だ。ガルラ、相手してやれ」
「はい。分かりました父上」
マジか。これ、本当に俺じゃなかったら殺されるかもしれなかったやつだぞ。
そんなことを察したのか流石にロイジが反論した。
「ヴァイド様! 流石にそれは無茶でございます!」
しかし、父はとりつく島もなかった。
「これは私の決定だ。二人共、準備をしろ」
「はい!」
ガルラは俺をボコボコにするのが楽しみなのか、随分嬉しそうな声で返事をした。まぁ、ボコボコにされるのは俺じゃないんだが。
◇◇◇
確実に俺が怪我をすると思っているエルにとても心配された。まあ、そうだろう。ゴミと呼ばれている俺と天才のガルラだ。負けると思うのは当然だろうし、あの傲慢なガルラが試合に勝って終わりだけにするはずがない。必ず俺を痛め付けてくるだろう。
「ハイル様! 危ないと思ったら棄権して下さいね!」
「うん、それくらい分かってるよ。でも、あの父上が認めてくれるかどうかは分からないけどね」
「それは……。ロイジ様に何とかしてもらいます!」
ロイジじゃ無理だろうと思う。先ほども一言で黙らされてたし。でも、心配してくれていることはとても嬉しい。
「まぁ、何とかしてみるよ」
「何とかするって……。ハイル様、武道もまだ習っておられませんよね。どう考えてもおかしいじゃないですか!」
「まあまあ、落ち着いて。そういや、さっき僕、F級って言われたけど、なんかあるの? 兄上はB級だとか」
「それはですね。先ほど測っていたのは持っている魔力の量を測っていたのですよ。そして、魔力の量によってランク分けがされているのですが、上からS,A,B,C,D,F級となっています」
予想通りだな。前世の魔法のランク分けと一緒だ。だが、前世では魔力量のランク分けはされていなかったな。
「それでいて、ガルラ様やミーリア様のようにこのご年齢からB級というのはものすごい天才っていうことなんです。トル―ストン家の血筋のすごさが分かります」
それは事実だ。前世の俺には到底敵わないわけだが、実際問題、ガルラやミーリアの歳であの魔力量はすごい方に分類される。天才というほどまでではない気もするが……
「ですので、ハイル様は怪我をしないように頑張ってください。間違っても攻撃しようとか思わないでくださいよ!」
「分かってるって。じゃあ、行ってくるよ」
◇◇◇
俺とガルラはこの広い結界の中の真ん中で対峙する。
「やっとお前をボコボコにしてやれるぞ。覚悟しとけ! 散々俺をバカにしやがって!」
「お願いします、兄上」
もう俺をボコボコにすること以外、頭にないのか、ものすごく楽しそうだ。
「ガルラ様、ハイル様、ご準備の方はよろしいでしょうか?」
「ああ」
「はい。大丈夫です」
「では、始め!」
ロイジの開始の合図でガルラは後ろに下がる。魔法師が大切なことを理解しているようだ。魔法師は基本、魔法しか使えない。武術をしているものが大半だが、やはり本職にはかなわない。なので、出来るだけ接近戦をせずに遠距離戦をするのが、魔法師の戦術だ。まあ、大賢者と呼ばれていた俺が、武術を極めていないはずがないのだが。
「行くぜ! 聖なる火の神よ! 我に仇なす者に怒りの鉄槌を! ファイヤ・アロー! これで消し炭になれ!」
ガルラが詠唱を終えると、十数本ほどの火の矢が彼の頭上に表れた。少し気温が上がったようだ。それを見て俺は少し感動していた。
ガルラほどの年でもうこんな数の火の矢を出せるとは!
流石は俺の血筋。自画自賛してしまう。
彼はそれを俺に向けて打ってくる。しっかりとコントロールも鍛えているのか、避けなれば俺はすべて命中するだろう。だが、まだ飛んでくるスピードも速くない。すべて避けることが可能だ。
避けるとまた飛んできて、避けるとまた飛んでくる。俺が避けられた火の矢を操作して再利用することは可能だが、まだそこまで出来ないようだ。後ろに飛んで行った矢は、結界にぶつかって消滅する。
流石にすべて避けられると思わなかったのか、みんなが驚いた顔をしている。その中でもガルラが一番驚いていた。
「何故、無傷なんだ! 全て避けたのか! なぜ、すべて避けられる!」
「当たったら、重傷じゃないですか。それは避けますよ」
「ふざけるな! お前のようなゴミに! 俺のような天才の魔法が避けられるはずがないだろう!」
それは随分と傲慢なことで。
「聖なる火の神よ! 我に仇なす者に怒りの鉄槌を! ファイヤ・バレット!」
今度は火の矢ではなく、火の球が二十個くらい出てきた。俺の頭くらいの大きさだ。先ほどの矢より簡単なのか、数が増えている。
「吹き飛べ! ゴミが!」
速度は先ほどの矢より遅い。でも、全て一発ずつではなく、複数個ずつ飛ばしてくるので、先ほどより避けにくい。
しかし、避けることに集中し過ぎたのか、足元に小さな段差があることに気が付かず、つまずいて転んでしまった。
「うわ!」
すぐに立ち上がろうとしたが、もう目の前に火の球が迫ってきていた。
「「ハイル様!」」
◆◆◆ メイド エルファニー ◆◆◆
ハイルが、ガルラと試合を始めようとしている。
(無茶だ。生まれながらの天才のガルラ様に、何もしておられないハイル様が勝てる筈もない! 怪我しないようにするだけでいっぱいいっぱいなはず! お願い! 重症だけはしないで!)
エルファニーはは心配しかなかった。それはそうだろう。天才と何もしていな凡人以下が戦うのだ。最近は食事もしっかりとっているので、身体も丈夫になってきたとはいえ、まだ5歳なのだ。心配するに決まっている。
「では、始め!」
ロイジの開始の合図でガルラは後ろに下がり、詠唱を始める。
「行くぜ! 聖なる火の神よ! 我に仇なす者に怒りの鉄槌を! ファイヤ・アロー! これで消し炭になれ!」
ガルラが詠唱を終えると、十数本ほどの火の矢が彼の頭上に表れた。エルファニーは少し気温が上がったように感じた。
(やっぱり、ガルラ様は魔法の天才。これほどの魔法を7歳で行使できるととは。伝説の一族の名は伊達じゃないわね。ハイル様、やっぱり無謀ですよ!)
火の矢がハイルに向かって飛んでいく。それをハイルがすべて華麗にかわす。
(ハイル様。いつの間にあのように動けるように?)
エルファニーは疑問を抱いた。彼女が今まで見てきたハイルは、基本、本しか読んでいないのだ。今まで食事も満足に取れていなかったハイルがあのように俊敏に動けるはずがないのだ。
「何故、無傷なんだ! 全て避けたのか! なぜ、すべて避けられる!」
ガルラが叫ぶ。
「当たったら、重傷じゃないですか。それは避けますよ」
「ふざけるな! お前のようなゴミに! 俺のような天才の魔法が避けられるはずがないだろう!」
エルファニーはその言葉に心が痛んだ。
(ハイル様は優しい。もし、トル―ストン家に生まれてきていなければ、こんな扱いはされなかったはずなのに。そもそも、ご当主様がおかしいのよ!)
彼女はそんな風に、元々の原因に怒りを覚えていると、ガルラが詠唱を始める。
「聖なる火の神よ! 我に仇なす者に怒りの鉄槌を! ファイヤ・バレット!」
今度は火の矢ではなく、火の球が二十個くらい出てきた。ハイルの頭の大きさと同じくらいだ。しかも、先ほどより数が増えている。
「吹き飛べ! ゴミが!」
もしハイルが当たれば文字通り吹き飛ぶだろう。ガルラも学び、複数個をまとめて打つことを覚えた。それをハイルは危なっかしく避けている。そんな光景を見て、エルファニーはハラハラしていた。
(危ない! あ! 当たる! また!)
それでもハイルは一発もかすめることなく避けていた。しかし、その近くに小さな段差があることに気が付かず、転んでしまった。そこに火の球が向かう。避けることは不可能だ。
「ハイル様!」
エルファニーは悲鳴のような叫びをあげた。そんな直後に、残りのすべての火の球がハイルに向かっていき、大爆発を上げる。
「ハイル様!」
反射的にエルファニーは走り出していた。
(こんなところでハイル様が死んでいいはずがない! 神様が許しても私が許さない! え!?)
エルファニーは怒り心頭だったが、そんな考えが吹き飛ぶくらい驚いた。
(ハイル様! 生きてた! あれ!? 無傷! え!? 魔法使えないんじゃ!?)
エルファニーは自分の目を疑った。目を擦ってみたが、現実のようだ。周りを見ると、みんな大きく目を見開いて驚いている。特に、当主様一家は驚きで声も出せないようだ。
エルファニーの目線の先では、3つの火の球を操っている無傷のハイルがいた。
◆◆◆ 兄 ガルラ・トル―ストン ◆◆◆
この世は魔法が絶対だ。そんな考えを持っていたガルラは、F級の才能しかない弟ハイルが大嫌いだった。そして、虐めていた。
だが、最近生意気にも反撃をするようになってきた。それは許されないことだ。神に選ばれた天才が、ゴミに反撃するなどあってはならないことだ。だから、今日、終止符を付ける。
ガルラとハイルはこの広い結界の中の真ん中で対峙する。
「やっとお前をボコボコにしてやれるぞ。覚悟しとけ! 散々俺をバカにしやがって!」
「お願いします、兄上」
その何とも内容な顔が妬ましい。
「ガルラ様、ハイル様、ご準備の方はよろしいでしょうか?」
「ああ」
「はい。大丈夫です」
「では、始め!」
ロイジの開始の合図でガルラは後ろに下がる。
「行くぜ! 聖なる火の神よ! 我に仇なす者に怒りの鉄槌を! ファイヤ・アロー! これで消し炭になれ!」
ガルラが詠唱を終えると、十数本ほどの火の矢が彼の頭上に表れた。
(ゴミなんてすぐに消してやる!)
ハイルに当たるように打っているのにすべて避けられる。病弱のハイルがそんなことなど出来る筈がないのだ。
「何故、無傷なんだ! 全て避けたのか! なぜ、すべて避けられる!」
「当たったら、重傷じゃないですか。それは避けますよ」
「ふざけるな! お前のようなゴミに! 俺のような天才の魔法が避けられるはずがないだろう!」
(そうだ。俺のような天才がゴミに苦戦することなどあってはならない!)
「聖なる火の神よ! 我に仇なす者に怒りの鉄槌を! ファイヤ・バレット!」
ガルラは詠唱を唱える。すると火の球が二十個くらい出てきた。火の球は火の矢より魔法のコントロールがしやすい。先ほどは一本ずつ撃ったからすべて避けられたが、今度は複数個で撃てば避けられないだろうとガルラは考えた。
「吹き飛べ! ゴミが!」
ハイルは先ほどと同様に全て避けていた。しかし、避けることに集中しすぎて後ろの段差に気が付かず、転んでしまった。
(よし! いまだ!)
「ハイル様!」
メイドの叫び声が聞こえ、その直後に爆発が続く。
(よし! これでゴミは消えた!)
ガルラはそう思っていたが、その光景を見て目を疑った。それは先ほど自分が撃っていた火の球の内三つを自分の魔法のように操っている、無傷のハイルの姿があったからだ。
(どうゆうことだ! あいつは魔法が使えなかったのじゃないのか! しかも、俺の魔法! 動け! 動け! なぜ、動かない!)
ガルラはハイルが操っている魔法が、先ほど自分が撃っていた火の球だということが分かっていたのでそれを動かそうとするも動かないことに焦りを覚えていた。
「どうゆうことだ! ゴミ!」
「見たまんまだと思いますよ、兄上」
すました顔でそう答えるハイル。その顔にガルラはイラっと来る。
「流石に僕死んじゃいますよ。僕は身体弱いので」
ハイルが困った顔で言う。ガルラはそんなこと分かっていた。元々殺す気でいたからだ。父にも許可は貰っていた。でも、まさか、的中した筈なのにも関わらず、ハイルは生きている。しかも、魔法の支配権まで奪われている。天才の自分の魔法が、ゴミの弟に。
そんなゴミが自分の火の球操りながら近づいてくる。その光景はガルラにとって恐怖しか感じなかった。
「く、来るな!」
そう叫んでも近づいてくる。そんな姿に身体が震え、転んでしまった。
「来るな! 来るな! 来るな!」
そう叫びながらどうにか犯行しようと石を投げつけたりするが、ゆっくりと近づいてくる。そして、ハイルがガルラの目の前に来たとき、ガルラが倒れて、ハイルが見下ろしているいつもの逆の立場になっていた。
「では、僕の勝ちで終わりですね」
頭に衝撃が来て、ガルラの意識は飛んだ。
◆◆◆ ハイル・トル―ストン ◆◆◆
目の前に迫ってくる火の球に俺は急いで人差し指を突き出し、魔力操作を行った。ガルラの魔力で出来た火の球を自分の魔力と混ぜ合わせて、魔法の制御を自分が出来るようにする自分に当たりそうだったのが三つだったので、三つの魔法の支配権を奪った。
残りは全て地面にぶつかり爆発したが、薄い結界を張り、自分の身を守った。そのおかげで無傷である。エルとの約束は守れた。
火が収まり、俺が無事な様子で姿を現すと全員が驚いていた。
ああ。この顔が見たかった。
散々いじめられてきたのだから、これくらいは良いだろう。
その姿を見たガルラが火の球を動かそうとしているのが分かるが、びくともしない。
火の球を動かすのを諦めたのか、ガルラが叫ぶ。
「どうゆうことだ! ゴミ!」
「見たまんまだと思いますよ、兄上」
すました顔でそう答える。その顔にガルラはイラっと来たようだ。
「流石に僕死んじゃいますよ。僕は身体弱いので」
俺は困った顔で言う。この魔法は本当に俺を殺しに来ていた。冗談抜きで、俺じゃなかったら死んでいたところだ。流石にそれはやり過ぎだ。
俺は魔法で勝ってしまったらおかしいと思い、武術で勝つことにした。火の球操りながら歩いてガルラに近づいていく。
「く、来るな!」
流石にその俺の姿が怖いのか、声が震えている。
「来るな! 来るな! 来るな!」
そう叫びながらどうにか犯行しようと石を投げつけたりされたが、すべて避ける。俺がガルラの目の前に立った時、ガルラが倒れているので、ハイルが見下ろしている状態になり、いつもの逆の立場になっていた。
「では、僕の勝ちで終わりですね」
そう言って俺は傷が残らないように軽く殴った瞬間にガルラの意識を魔力で飛ばした。
やっとハイルの活躍を書けました!